ㅤ小学生の頃、図工の時間に校庭で写生をした。曇り空の広がる天候を僕はつまらないと思って、なぜか空を緑色に塗った。クラスメイトも担任教師も、不思議そうに苦笑いした。
紅い空、蒼い空は普通にあるけど、碧の空なんておかしいよ。
「なあに? 思い出し笑い?」
隣の妻がふふふと笑う。その頭上にたなびく、美しい光のカーテン。
「まあね。おかしな空の色のことを」
そう答えて、僕は彼女の手を取った。
天に近い部分から、赤、緑、青と揺らめく極光。
僕らの見上げる宙は、こんなにも色とりどりだ。
『Red,Green,Blue』
ㅤキリの良いところでようやく手を止めた。窓の外を見やれば、日差しが随分傾いている。壁の時計は五時近かった。ついさっき遅めのランチを食べたばかりなのに。
ㅤ立ち上がり、洗いカゴに伏せたマグカップをステンレスの上でくるりと返す。百均のドリッパーにペーパーフィルターをセットしながら、ふとあなたの顔が浮かんだ。ああ、そうかと私は思った。
ㅤ気づけば六時間。パソコンに集中していたことになる。動けなくなるほどに深い昨夜の不安は、無くなった訳じゃないけど、少しだけ遠ざかって私を見ている気がした。何も言えずにいる私に、ずっと付き合ってくれたあなたの短い言葉。
ㅤあなたと話した後には特に、ちゃんと大切なものだけが残っていく感じがする。必要で大切な濃くて美味しいものだけがゆるゆると濾されていく。
ㅤコーヒー滓が歪な円を描いて張り付く使い終わったフィルターを眺めながら、私は薄く笑った。
『フィルター』
そうして私たちは言葉を失くし
薄っぺらな板を挟んで黙り込む
ついさっきまであれもこれもと
話したいことがあふれてたのに
掛け違えてしまっただけなら
最初のズレを探せばいいんだ
指先でさかのぼる会話履歴を
あなたの最新の発言が覆った
ハッキリ言えなかったけど、
実はずっと苦しかったの。
誰よりも近い場所にいて
分かり合えると思ってた
たぶんだけど私あなたと
上手く仲間になれなくて
……ごめんね。
『仲間になれなくて』
あっけにとられた僕に君は風のように笑った。
二度は言わないよー。
伸ばされた手が僕の右手からアイスをさらう。
あー。夏って感じする。
誤魔化すみたいに齧り付いた唇の端のクリームが、
まるで虫みたいに僕を引き寄せて。
口の端から君の味がこぼれる。
『こぼれたアイスクリーム』
あなたの後悔が少ない方に進みなさい。
そう、あなたは笑った。
あまり先のことを考えすぎず、嫌だなと思う方には行かないこと。
意外とそれだけで、目の前が開けることもあるよ。
けれど、
やさしさなんていまはいらない。
『やさしさなんて』