目が痛い。
週末から何度泣いたのか、自分でも思い出せなかった。
ドライアイ気味で買ったはずの目薬が、机の隅で笑っている気がする。
パソコンを閉じ目を揉んだ。
いろいろ調べて頭がパンクしそうだった。
メッセージの通知音がする。
「いい風が吹いてるよ」
なんて皮肉な表現だろう。
風どころか八方塞がりじゃないか。
窓がカタカタ音を立てた。
いや、違うか。
感じようとすれば、風は必ず吹くのだ。
『風を感じて』
心から安心できる場所なんて、ほんとにあるのかな。
答えを求めるでもない呟きに、
簡単に大丈夫なんてとても言えないし。
君の前を去ると決めた僕に、
何を言えた義理もないけど。
ただ涙をこぼすだけだった君が、
こんなにもしっかりした瞳をしてるから。
今いる場所も未来の行方も、
君には随分見えている気がしてるから。
その時はたぶん夢じゃない。
『夢じゃない』
出かけようと扉を開けた矢先に雨。
みるみる黒い雲が広がり、雷が轟いた。
今日に限って予報を見逃したのは、確かに僕の落ち度だけど。
君とはぐれて狂いだした心の羅針盤。
あれからなにをしても上手くいかないんだ。
いちばんの基準が根底から揺らいで、
ふらふらゆらゆら
まるで当てずっぽうの方角を示す。
真っ赤に染まったレーダーの画面を閉じ、僕は大きく息を吐く。
まっすぐに闇雲に、煙る空へ飛び出した。
『心の羅針盤』
じゃあここで、と君が立ち止まる。
「あさってね」とか「また来週ね」とか、いつも手を振り合う場所で。
続く言葉が切り出せなくて。
次に会う時を決めてから別れていたんだと初めて気づいた。
風のやんだ駅前で上げかけた手を止めて、君がこちらを振り仰ぐ。
「またね」
ぎこちなく振られた指先は、あまりにも綺麗で。
縁が巡れば会えるといいねなんて、甘い意味では決してなく。
これきりにしようという合図だと、不思議なくらい分かったんだ。
どうしようもなく鈍すぎた僕にも。
『またね』
愛する人の声を聞き、
愛する人の手に触れて、
愛する人の生きる世界で、
わずかな時をともに過ごした。
泡になりたいわけじゃない。
命を差し出したつもりもない。
好きな気持ちを消せなかっただけ。
静かな海にこぽりと浮かびあがる小さな泡に、足を患った美しい少女の面影を彼は思い出す。寄り添う妻の腰を、抱いた瞳で。
『泡になりたい』