未知亜

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5/26/2025, 9:50:41 AM

ㅤ僕は諦めてベッドを降り部屋の電気をつけた。時折悩まされる程度だった不眠症がいっそう酷くなっていた。
ㅤこういう時は無理に眠ろうとしないほうがいいって本に書いてあったし。SNSでつぶやくと、ほんの二分でコールが鳴る。
「やあ」
「うん」
ㅤ極限に短いやり取りのあと、君は今夜の星回りとプロットの躓きについて話しはじめた。
ㅤ僕の世界はやさしい雨音に包まれているみたいになって、やがて遠ざかる。ちゃんと打てているはずの相槌が、だんだん、遅れてい、く……。


『やさしい雨音』

5/25/2025, 10:00:04 AM

ㅤ晴れた日の洗濯の歌。ベランダの花に水やる歌。パスタを美味しく茹でる歌。何をするにも君は大抵変な歌を歌っていた。
「あんまり家事が得意じゃないから。せめて楽しくやりたいなって」

ㅤあの日うたた寝した僕は、微かな歌声で目を覚ました。手元を見たままで、君が「おはよ」と笑う。
「夢の中にも聞こえた?ㅤ疲れたあなたに林檎を剥く歌」
ㅤ持ってきたお見舞いの林檎は、小さなウサギになっていた。僕は無言で口を開ける。君の手から生まれたいびつなそれが、前歯の先でサクリと崩れる。

ㅤ君の前に林檎をまたひとつ。手を合わせ目を閉じたら、君より上手にウサギを剥こう。ややうろ覚えな変な歌を歌いながら。


『歌』

5/24/2025, 7:12:43 AM

ㅤ頬にポツリと水滴を感じ、僕は時刻を確かめる。今朝の天気予報では、昼から降り出すと言っていたのに、時計の針は四時を過ぎたところだった。
「予想より、ずいぶん持ったなあ」
ㅤ思ったことが声に出て、ようやくその場から歩き出せた。一歩一歩遠ざかる。じゃあねと言って君が背を向けた場所。今日以降はきっと、近づけなくなる場所。
ㅤ君は言葉少なで、しきりに空を気にしていた。隣を歩く僕は過去なのだと、言われているみたいだった。灰色の混じった白い雲に向かって小さくなっていった君。
ㅤ降る雨はいつか止むけど、僕の空が晴れることはない。共に過ごした僅かな空の眩しさを、心の奥にそっと包み込んで。もう二度とこの想いがひらいてしまわないように僕は願った。


『そっと包み込んで』

5/23/2025, 9:54:59 AM


ㅤ別に変わらなきゃいけないとか、変わってほしいとか言いたい訳じゃない、とあなたは言った。ただ違いに気づいて、視野を広げて、そんな考えもあるんだと思ってくれたらいいんだって。
ㅤでもそれは、やはり詭弁だった。

ㅤ私があの時、自分を曲げられていれば済んだ話なのだ。下らないことにしがみついてないで、あなたを最優先にして。つべこべ言わず迷いも持たず、昨日と違う私になれれば。
ㅤあなたが手を離すことはなかった。


『昨日と違う私』

5/22/2025, 9:41:19 AM

ㅤ脛に鋭い痛みを感じ、文字通り飛び起きた。あまりの痛みに声も出ない。
「渡るぞ!」
ㅤ窓の外に目をやったまま、祐希はチョコレートバーをかじっている。硬いベッドに車輪の振動が伝わってなかなか寝付けなかったはずが、いつの間にかしっかり眠れていたらしい。
ㅤ漂う甘い匂いに空腹を感じた。上着を羽織ってから、東京駅で買った同じものをリュックから探る。
「見られましたか? disconnection」
「もちろん!」
ㅤ満足そうな笑顔が親指を立てる。岡山での連結切り離しは絶対見逃せないイベントだ、と熱弁していたのだ。昨夜はほとんど眠っていないだろう。
「6時過ぎからあんなにアナウンス入ってたのに、全然起きねえんだもんな」
ㅤもったいねーの。
ㅤチョコレートの残りを口に押し込んでスポドリで流し込むと、祐希は大きな窓に手をついた。
ㅤ師走の街がぐんぐん明るくなっていく。目の前に迫った橋桁が勢い良く後ろへ流れる。窓に触れた指先が白くなった。寝台列車が海を渡る。

「きたー!ㅤ瀬戸内海ー!」
「Sunriseで見るSunriseですね~!」
「発音良すぎてムカつくー!」


『Sunrise』

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