そんなに悪いことを私はしたのだろうか?
あの時あなたは何度も繰り返してた。
『私の事、やっとわかってくれたね』と。
あなたをわかるなんてこと、
果たしてできるんだろうか。
そう思いながら私は曖昧に頷いていた。
あなたのそばにいたかったから。
でも結局は『何もわかってない』と言われてそれきり。
嗚呼。
いったい何と言えば、
あの時のあなたに正解だったのか。
私があなたを的確に、
あの時『わかる』べきだったのか。
考えても考えても独り
答えは永遠にあなたのなかにある。
嗚呼……。
『嗚呼』
ㅤ秘密って、そそられるよね。誰にも知られないことってさ、やっぱり特別って気がする。秘密にしたいだなんて、特に思ってないとしても。だからこれは、きっとそのひとつ。
「ねえ……あんま、みないで……」
ㅤあなたの瞳が潤んで揺れる。握った手に力が籠る。
ㅤ繋いだ指をそっと撫でると、本人すらも知らないその場所に僕は優しく唇を落とした。
『秘密の場所』
ㅤ洗濯物を干しながら。近所を散歩しながら。きみはすぐに歌いだした。歌詞がわからなくなると、いつもラララで誤魔化しはじめる。下手くそな鼻歌。
「ほとんどラララじゃないか」と僕が笑っても、「これはそういう曲なの」ときみは澄まして歌いつづけた。
ㅤ今日いつものカフェが休みでたまたま違う店に入ったら、ラララばかりで歌う曲が流れてて。検索なんかしなくても、タイトルがすぐ分かったよ。
ㅤさよならラララ。
『ラララ』
ㅤ冬の匂いが好きだ。
ㅤなぜその話題になったのかまるで覚えてないけど、「なにそれ」とキョトンとしたきみの顔はよく覚えてる。
「ほかの季節ならわかるけどさ」
ㅤ冬に匂いなんてある?
ㅤあるよ、とわたしは笑う。
「なんていうか、真新しい紙みたいな匂いじゃない?」
「紙って、ペーパーの?」
「そう。ペーパーの」
ㅤふうん、と言ってきみは黙る。『真新しい紙みたいな冬』を感じてみようと試みてる。こういうところが好きだなと、わたしはまた思う。
「あー、やっぱわかんない、だって暑すぎるんだもん」
ㅤ七秒くらいでギブアップ。予想したより長かった。
「春は花とかさ。夏はほら、なんかむわっとする匂いとか?ㅤすぐ浮かぶけど。この状況で冬を召喚すんのは無理だわ」
ㅤマジで暑すぎ!
ㅤ並んで座ったバス停のベンチで、きみはシャツの襟をパタパタさせて、控えめに夏へ抗議する。
「秋の匂いは?ㅤどうなの?」
ㅤわたしが訊くと、きみはベンチの背もたれに頭を預けて空を向く。背中がベタつくのか、浅く座って首だけをもたせかける。きみの前髪を揺らした微かな風が、わたしの髪と心を揺らす。
「うーん……金木犀?」
「そのままだなあ」
「えー、秋の始まりといえばデフォでしょ」
ㅤそれか焼き芋かな。また買いに行こうよ、あのオマケしてくれるとこ。
ㅤ最後には大抵食べ物になって終わるきみの話。あの会話は確かに夏だった。なのになぜか冬にだけ、このやり取りを思い出すのだ。
ㅤ風が運ぶ、新しい紙の匂いと懐かしいきみ。
『風が運ぶもの』
ㅤ大人になれよとあなたは言う。もっとまわりに合わせろよって。
ㅤ次第に陰ってゆく部屋で「もう帰りましょう」と鐘が鳴る。とっくにおうちに帰ってるくせに、どこかに帰らなきゃと思ってざわつく。
ㅤ手放すまでは終わらないのに、まわりが先に私を決める。これでいい仕方ないなんて、ややこしい理屈は苦手で。
ㅤ私はどこにも動けない。行きたいところは明確なのに、たどり着き方がわからないの。
ㅤあなたはいつから大人だった?
『question』