未知亜

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ㅤ冬の匂いが好きだ。
ㅤなぜその話題になったのかまるで覚えてないけど、「なにそれ」とキョトンとしたきみの顔はよく覚えてる。
「ほかの季節ならわかるけどさ」
ㅤ冬に匂いなんてある?
ㅤあるよ、とわたしは笑う。
「なんていうか、真新しい紙みたいな匂いじゃない?」
「紙って、ペーパーの?」
「そう。ペーパーの」
ㅤふうん、と言ってきみは黙る。『真新しい紙みたいな冬』を感じてみようと試みてる。こういうところが好きだなと、わたしはまた思う。
「あー、やっぱわかんない、だって暑すぎるんだもん」
ㅤ七秒くらいでギブアップ。予想したより長かった。
「春は花とかさ。夏はほら、なんかむわっとする匂いとか?ㅤすぐ浮かぶけど。この状況で冬を召喚すんのは無理だわ」
ㅤマジで暑すぎ!
ㅤ並んで座ったバス停のベンチで、きみはシャツの襟をパタパタさせて、控えめに夏へ抗議する。
「秋の匂いは?ㅤどうなの?」
ㅤわたしが訊くと、きみはベンチの背もたれに頭を預けて空を向く。背中がベタつくのか、浅く座って首だけをもたせかける。きみの前髪を揺らした微かな風が、わたしの髪と心を揺らす。
「うーん……金木犀?」
「そのままだなあ」
「えー、秋の始まりといえばデフォでしょ」
ㅤそれか焼き芋かな。また買いに行こうよ、あのオマケしてくれるとこ。

ㅤ最後には大抵食べ物になって終わるきみの話。あの会話は確かに夏だった。なのになぜか冬にだけ、このやり取りを思い出すのだ。
ㅤ風が運ぶ、新しい紙の匂いと懐かしいきみ。

『風が運ぶもの』

3/6/2025, 3:22:42 PM