未知亜

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2/15/2025, 1:01:28 PM

ㅤ最近は「腹減った」「別に」「うるさい」ばかりで、碌に会話もしなくなってた。
ㅤ帰宅後は部屋に直行だし、居るのかどうかもよく分からない。
ㅤノックしてもしなくても君は怒る。居ない時に掃除するともっと怒る。私がなにをしても、いや何もしなくても怒るのだ。
ㅤクタクタで帰って来てみれば、シンクにお皿が満載だった。食べたあとの皿洗いまで、約束破りもここまで来たか。
ㅤ怒ってばっかの君にどう言ったら伝わるのか。なんだか今夜は疲れ過ぎて、何も言葉が組み立てらんない。
ㅤ部屋の前まで来て途方に暮れてたら、歌声が漏れてきた。ネット動画に合わせた裏声に、私はふふふと笑ってしまう。
ㅤ「まま、だいしゅき」と抱きついてきた頃と同じ、君の声がする。



『君の声がする』

2/14/2025, 3:52:42 PM

ㅤ脱ぎ散らかされた靴下が見えた時、私の中で何かがプツリと音を立てた。
「なんで、いっつもそうなの!?」
「……え?」
「靴下脱ぎっぱなしなねしないで、食べてくるなら連絡してよ、突然料理して玉ねぎ全部使わないでっ!」
「え、なに、どした?」
ㅤ一度飛び出した不満は、どんどん溢れて止まらなかった。次から次へと、自分でも細かすぎて嫌になる。私は半分泣き出していた。
「た、たまにはっ、言葉に出して、言ってよっ!」
「……ごめん」
「謝ってほしいんじゃ、なくてっ!ㅤほかに、あっ、あのつく言葉とかっ、言うべきことあるでしょうがっ!」
ㅤ必死に涙を拭いながら訴えると、予想外の言葉が叫ばれた。
「あいしてるっ!」
「そっちじゃない!」
ㅤ思わず私も叫び返す。語尾がちょっとだけニヤけちゃったじゃない。


『ありがとう』

2/13/2025, 2:32:40 PM

まだどこか夢のなかみたいな
ふわふわした気持ちで、朝。
ただひとりにそっと伝えたいのに
そこらじゅうに叫びたくもある。
胸のあたたかなざわめきを
なだめるようにキスを落として。

『そっと伝えたい』

2/12/2025, 2:13:52 PM

ㅤ映画か小説のタイトルみたいな言葉を、あたしは馬鹿みたいに繰り返した。
「未来の記憶ぅー?」
「あっ、別に予言とか超能力とかじゃないよ?ㅤもちろん、変な勧誘でも」
ㅤ余程訝しげな顔をしていたのだろうか。法子はブンブンと首を振る。
「どっかの学者の説らしいんだけどね。経験と状況認識によって、人はある程度未来に当たりをつける能力があんだって」
「あー。……学習能力みたいな?ㅤもしこうなれば次はこうしよう、とか?」
「そそ……たぶん」
「たぶんって、テキトーだなあ」
ㅤ学生会館の隅っこに並んで座り、法子はあたしが差し出したスティック状のチョコレート菓子を齧った。オレンジがかったピンク色の唇の間から、ポキリと乾いた音が漏れる。
「言葉を使っての時系列的な思考?ㅤらしいよ。なんか、文学的だよねー」
「これまでの経験と、今の状況認識かあ」
ㅤ同じようにチョコレートを齧りながら、あたしはチラリと隣を見た。例えば——
ㅤ例えばそのチョコレートの反対側から私が齧り付いたら、どうなるだろうか。甘い未来の記憶の行方を、少しだけあんたと分け合えたなら?
「やっちゃん?ㅤどした?」
「あ……いや」
ㅤ我に返ったあたしは、何でもない顔をして続ける。
「あのゴミ箱にさ、ここからこの空箱が入ったら、次の講義サボる未来、みたいな?」
「それは未来の記憶とはちょっと違うかもだけどね……え、やる?」
ㅤ菓子の入った小袋を取り出して脇に置くと、法子はさっそく外箱を手に構えた。
「……入るまでやる気でしょ?」
「あったり前じゃん!ㅤパンケーキ行こ、パンケーキ!ㅤ行きたいお店見つけたから、さっ!」
ㅤ弾むような語尾と共に、チョコレート菓子の箱が宙を飛んだ。
ㅤ一緒ならきっと大丈夫だ。たとえどんな未来でも幸せな記憶になるから。



『未来の記憶』

2/11/2025, 12:30:52 PM

「やったー、かんせーい!」
ㅤ弾んだ声と共に目の前に両手をかざされ、私は自分のそれを慌ててエプロンで拭う。茶色や白に染まった指先を外側に反らせ、手のひらだけをトンと打ち合わせた。
ㅤココアパウダーや粉砂糖、スライスアーモンドで飾られたトリュフが、銀色のトレイに整列している。小ぶりな丸いスイーツを見つめ、腰をかがめた福子は満足げにため息をついた。
「初めて作ったにしては、なかなかじゃない?」
ㅤよし、と言って、彼女は迷わず一粒摘み上げる。
「さっそく一個!ㅤいっただっきまーす!」
ㅤホワイトチョコにみかんジャムを混ぜたチョコが、桃色の唇の奥へと消えた。私の作った変わり種のトリュフだった。興味津々で手元を覗きに来ては、どんな味がするのかとずっと気にしていたのだ。
「ん!ㅤ酸っぱくて美味し~!ㅤとろっとしてる~!」
ㅤ足をパタパタさせて喜ぶのが可愛らしい。
「ありがとね、試作に付き合ってくれて」
ㅤ本番も上手くいきそう。
ㅤ幸せそうに微笑む彼女のほっぺに、ふたつめのトリュフが吸い込まれる。
「一個じゃなかったの?」
ㅤわざとそう言ってやると、
「えへへ、だって美味しいんだも~ん」
ㅤ満面の笑みが返ってきて、私の言葉を詰まらせた。
ㅤ好きな相手を思って作った、コロコロとした丸いチョコ。私のココロそのもののようで。
ㅤ数日早い祝日の今日こそが、試作と呼ばれたこれこそが、私には聖バレンタインデー。


『ココロ』

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