ㅤ映画か小説のタイトルみたいな言葉を、あたしは馬鹿みたいに繰り返した。
「未来の記憶ぅー?」
「あっ、別に予言とか超能力とかじゃないよ?ㅤもちろん、変な勧誘でも」
ㅤ余程訝しげな顔をしていたのだろうか。法子はブンブンと首を振る。
「どっかの学者の説らしいんだけどね。経験と状況認識によって、人はある程度未来に当たりをつける能力があんだって」
「あー。……学習能力みたいな?ㅤもしこうなれば次はこうしよう、とか?」
「そそ……たぶん」
「たぶんって、テキトーだなあ」
ㅤ学生会館の隅っこに並んで座り、法子はあたしが差し出したスティック状のチョコレート菓子を齧った。オレンジがかったピンク色の唇の間から、ポキリと乾いた音が漏れる。
「言葉を使っての時系列的な思考?ㅤらしいよ。なんか、文学的だよねー」
「これまでの経験と、今の状況認識かあ」
ㅤ同じようにチョコレートを齧りながら、あたしはチラリと隣を見た。例えば——
ㅤ例えばそのチョコレートの反対側から私が齧り付いたら、どうなるだろうか。甘い未来の記憶の行方を、少しだけあんたと分け合えたなら?
「やっちゃん?ㅤどした?」
「あ……いや」
ㅤ我に返ったあたしは、何でもない顔をして続ける。
「あのゴミ箱にさ、ここからこの空箱が入ったら、次の講義サボる未来、みたいな?」
「それは未来の記憶とはちょっと違うかもだけどね……え、やる?」
ㅤ菓子の入った小袋を取り出して脇に置くと、法子はさっそく外箱を手に構えた。
「……入るまでやる気でしょ?」
「あったり前じゃん!ㅤパンケーキ行こ、パンケーキ!ㅤ行きたいお店見つけたから、さっ!」
ㅤ弾むような語尾と共に、チョコレート菓子の箱が宙を飛んだ。
ㅤ一緒ならきっと大丈夫だ。たとえどんな未来でも幸せな記憶になるから。
『未来の記憶』
2/12/2025, 2:13:52 PM