未知亜

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2/7/2025, 3:58:37 PM

ㅤ閉じた睫毛のうつくしさ。
ㅤはにかんだ頬のうちがわ。
ㅤ肌に零れる涙のプリズム。
ㅤ艶やかさを孕むメロディ。
ㅤ彩られる世界はまるで、
ㅤ花びらのやわらかさ。

ㅤわたしだけが、未来永劫——


『誰も知らない秘密』

2/6/2025, 12:41:34 PM

ㅤ本のページをめくるうちに、空が白み始めていた。少し張った首にわたしは手を当てる。揉みながら左右に倒すと、ぽきりと乾いた音がした。物語の世界を旅するうちに、わたしはひとつ歳を取っている。
ㅤ昨夜ようやく迎えた本は、想像以上の秀逸さだった。これまで読んできたこの作者の史上最高を更新している。この世のすべてに感謝したい。
ㅤストーブを消して、窓を細く開ける。ひんやりした空気が頬を刺す。そんなことすら心地好かった。眠るのが勿体ない。初見の余韻は今だけなのだ。
ㅤ静かで美しいこの夜明けを、わたしは大きく呼吸した。


『静かな夜明け』

※個人的なことで恐縮ですが本日誕生日でした。
ㅤ数多の物語を読むことの出来る倖せな世界で
ㅤまた一年。

2/5/2025, 1:59:08 PM

ㅤ紀子の息子の話を聞くのが、私は嫌いではない。
『ヤスくんがね、なんも話してくんないの』
「中二だっけ?ㅤ思春期でしょ」
ㅤ缶ビールを傾けて、私はスピーカー設定にしたスマホに話しかける。
ㅤこういうとき、私の頭の中にあるのは思春期時代の弟だ。あいつの発する単語の八割は、『普通』と『別に』と『腹減った』だった。男の子っていつの時代も変わらない。
『今夜は友だちのとこ泊まるんだって。そんな友だちがいたことも知らなかった』
「連絡はちゃんとしてたんだ……」
ㅤ紀子ではない相手に向けた私の言葉は、
『連絡無かったらこんなのんびり電話なんかしてないよお』
ㅤという声に遮られた。
『ついこないだまで、あの子の考えてること何でも分かってたのに』
「ついこないだって、あんたねえ」
『まさにheart to heart、みたいな』
「以心伝心ってやつね。何年前の話よ」
『え……今見てんの、五歳の時の写真』
「八年前だから、それ」
『ママ、だいすき!ㅤだってさ。この子どこに行っちゃったのかなあ』
「久しぶりの一人の夜なんだからさ、もっと前向きなこと楽しみなさいよ」
『……こういうところがいけないんだよね。あーあ。やっぱ気ぃ遣わせちゃってんのかなあ』
ㅤ大丈夫。あんたが思う以上に、あの子はあんたが好きだからね。今もheart to heartな息子くん、責任持ってこっそり一晩お預りしますよ。
ㅤ私の心の呟きが聞こえたかのように保則がゲーム画面から顔を上げ、ポテチを一枚つまみ上げて屈託なく笑った。


『heart to heart』

2/4/2025, 12:57:51 PM

ㅤブーケは、プロポーズのために男性がプレゼントするものだったとか。マーガレットの花びらの数は大抵奇数だから、占いというよりは『好き』って気持ちを噛み締めるために使われたのかもとか。
ㅤ私の知らないロマンチックな知識を、あなたはたくさん持っている。
ㅤ昔あなたが教えてくれた、百八本の薔薇の花言葉。もう二十年も前のこと。
ㅤ次女も家を出て、少し広くなったリビングで。
「また二人に戻っちゃったね」
ㅤと笑うあなたのそばに、ドライフラワーにして深みを増した永遠の薔薇の色。


『永遠の花束』

2/3/2025, 1:08:31 PM

ㅤ三度目に語尾が潤んで、典子はチーンと思い切り鼻をかんだ。『鼻をかむ音』として、百科事典に載せられそうなほど見事に。
「いま、あたしにやさしくしないでよね」
ㅤ鼻にかかった声と共に、丸めたティッシュがゴミ箱へと投げられる。
「なんだよそれ」
ㅤ歪な弧を描き床に転がるティッシュを俺は見守った。コントロールが悪いから、ゴミ箱の周りは使用済みのティッシュだらけだ。
「どん底の今なら、バカボンのパパとだって恋に落ちそうだから」
ㅤいやいや、俺に言わせたらバカボンのパパはなかなかの強敵だぞ。既婚者だけど。
ㅤ心の中で突っ込みながら、散らばったティッシュを拾いゴミ箱に捨てる。ゴシゴシと頬を擦る赤い目をした横顔を盗み見る。
ㅤああ、神様。バカボンのパパ様。やさしさって、どうすれば……?


『やさしくしないで』

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