私は綺麗が好きだ。綺麗なものが大好きだ。私はあなたのその綺麗さに心惹かれてしまった。綺麗な瞳、綺麗な輪郭、綺麗な手先、何もかもが私の理想だった。お金もきちんと払った。やっぱり、あの人に作ってもらって正解だったなあ。
牢屋は生きるにはあまりにも狭すぎた。見ず知らずの女のせいで捕まるなんて理不尽なことだった。もう今は何か、自分を許してくれるものがほしい。こんな街中では生きていけない。僕は急いで街を出た。
大きな通りは苦手だ。自分がされた仕打ちを思い出してめまいがする。僕は急いで田舎へ向かった。
移住先の村には僕の知り合いは誰もいなかった。近隣の方も優しく接してくれた。
しかし8月20日のことだった。僕が逮捕されていたと言うことが村中に一気に知れ渡り、僕に声をかけてくれる人はいなくなった。
僕は疲れてしまった。自分を許してくれる人なんてどこにもいなかった。僕はポケットの中に入れていた手紙を読んだ。荒々しく汚い字だった。しかし、この人しかいなかった。家の鍵を開けて待ってくれていることに有り難さまで感じてしまった。もう取り返しがつかないなら。僕は急いで身支度を整えた。街へ帰ろう。僕は今とても寂しいんだ。
私は布を切るのが好きだった。あなたの肩に馴染んできたスーツを切ったときには、瞬きひとつできなかった。私は身包み剥がされたあなたを大きな通りへ放り出した。
幸い、あなたには家族がいなかったので、誰にも経済的に迷惑をかけることはなかった。
あなたにはこの生活が似合うのよ。鉄格子の中での質素な暮らし。3食飯付きで暖かい毛布もある、とても快適な暮らし。私はそんな親切で素敵な空間を貴方にあげたの。
でもこれで、あなたにはもうしばらく会えなくなってしまった。そう気づいた途端、私は切なさから居ても立っても居られなくなって、あなた宛に手紙を書いた。けっこう、優しさを込めたつもり。
ーまた移居できる時期がきたら、できるだけ早く私のもとへ帰ってきてほしいです。家の鍵は空けておきますので。
P.S. 車のナンバーをあなたの逮捕日に変更しました。私の家を訪れる際の目印にしてください。
私は月を見るのが日課だけれど、もうすぐ満月になると聞いて驚いた。もうそんな時期だったのね。今は午前0時。空腹から、ついつい真夜中まで起きてしまう。満月は月毎に名前があって、一月のはウルフムーンと言うらしい。しかし今日は雲にかかっているのでよく見えない。もどかしい。せっかくのウルフムーンが真っ暗じゃないの。
やっと一人暮らしに慣れてきた頃で、食べても食べても一日の疲れが取れないような多忙な日々だった。久しぶりに多くの人と関わるようになって、化粧の下の素顔がバレないように苦労した。
でもそうか、今日だけなら、月が私の背中を押してくれる。雲が流れ、月が見えてきた。今からは私の時間、私の世界。月光が伸びた爪に映える。白い牙は妙に並びがいい。私は完璧な獣。今夜は何人かしら。
僕の中で安心材料にしていいのは餅だけだった。生まれた時から餅が隣にいてくれた。歳をとっても数多くの餅を食べたのを覚えている。一日に2切れは必ず食べていた。それもいろんな食べ方を試した。僕の冒険心を受け入れてくれるのは餅だけだ。だが就職後は正月にすら食べなくなってしまった。そんなある日。餅をうっかり「みち」と噛んでしまった。
一瞬で僕の安心は消えた。餅に支えられていた均衡が今外れた。自分がどこにいるのか分からないことを思い出した。これから僕はどうなるんだ。ここにいて正しいのか。何も知らない、何もかも分からない。分からなくなった。