3つかぞえて

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6/16/2025, 11:52:45 AM

『記憶の地図』
 目を閉じると、瞼の裏に黒い球があった。何だこれはと、よおく見る。ただの球じゃなく、繊維のようなうねうねが固まってできてるとわかった。しかし結局これが何かわからない。毛糸? それともスチールウールか? ……いいや、これはどちらでもない。それは一本の、それは長い長いフィルムであった。写真や映画を記録する時のあのフィルムだ。近づいてみる。自身の身長の2倍はありそうだ。
 その中の1つに幼い頃の自分が写っていた。誕生日ケーキを嬉しそうに頬張っていて、自分のことながら可愛らしい。それから次の枠には……ん? 黒いモヤがかかっていてよく見えない。手で拭ってみても全く取れない。行儀は良くないが仕方なく足で拭ってみる。やはり取れない。代わりにフィルムの上を歩いて辿れることに気づいた。
 どんどん辿る。自分が逆さまになっても、円を描いて歩いて辿れる。同時に色んな自分がいて、先ほど気づいたが、どれもこれも「今までの自分の楽しい記憶」が写されていた。
 球の中に差し掛かる。が、少し薄暗くて何だか怖い。気味が悪いのではないが寒くてムズムズして、不快になる気がした。
 引き返してフィルムから降りる。一歩引いて見てみると、それはまるで地球だった。ああ自分は、地球一周したのだ。とても気分が良く、高揚した。思わず少し仰いで深呼吸した。
 
 途端に気がついた。あら、何かおかしい。自分は目を閉じていただけだった。瞼の裏を見ていただけだったはずだ。近づいて歩み寄る? 歩いて辿る? 
 ばちん! と音が鳴る。外ではない。中から。……中? そう中だ。球の中。球からじわりと透明な液体が流れ出てきた。アセトンのような匂いが鼻をつく。液体が黒く濁る。
 そこでフィルムのあるひと枠が目に入る。最初に見つけた黒い枠だ。いや、先程まで黒かった枠だ。この液体で綺麗に洗われ、写っているものがよおく見える。お袋だった。かなり色褪せているが、確かに自分の記憶にいたお袋だ。どうして忘れていたんだろうか。黒かった枠の全てが晴れ、さっきまで黒い球だったものが色鮮やかな鞠のようになった。頭が追いつかなかった。眺めるしかできなかった。
 グチャ!と鳴る。外から。思わず振り返る。思い出した。
 飛び出したのは自分の方だったんだと。

 球の一番てっぺんの透明な枠が鮮やかに色づいていく。真っ赤な一枚の記憶。
 球だったフィルムがほろほろと解けていく。フィルムは重なり合い一面に大きく広がり、背後には記憶の地図が出来上がっていた。
 もう助からないと悟った。振り返った時が本当に最後の最後。動機がし息が上がる。先程まで一個しかなかった脳がばらばらに弾け、脳漿が体外にじんわり逃げ出していくのがわかった。
 思い出したいことは沢山ある。この地図の行きたい場所、これから記録したい場所。しかしもう変えようのないものだ。だってこれは、自分の記憶なんだもの。

8/16/2024, 1:00:49 PM

 ううん、違うの。
 ううん、違うの。
 私はそんな器じゃないの、もっと綺麗で、賢明で、美しいはずよ、もっとちゃんと見て考えて。
「私はもっとすごいってこと、早く気づいてちょうだい。」

11/11/2023, 12:46:28 PM

飛べない翼

 僕は未だに、麻酔が効かない。あの場所もあの記憶も、もう少しで手が届きそうなのに。ふわりと浮いて掴むことができない。今、目の前にあるのは、自分をのみ込む田園と、あのカラスが落とした、黒い黒い羽根。歌が聞こえる。僕の翼を散らした歌が。

3/1/2023, 1:29:17 PM

 幼稚園の頃からずっと遊んでいたあの子が、小学校三年生のとき、神隠しにあった。▼

 昔から、もうすぐ梅雨になるなって頃に、国内のどこかで子供が攫われるらしい。▼

 あの子が選ばれてしまったと思うと、腹が立ってしまう。▼

 別に俺でもよかったじゃないか。▼

 なんで。▼

 もっとあの子と遊びたかった。▼

 話したかった。▼

 一緒にいたかったのに。▼

 それなのに……。▼

 
 許せなかった。▼

 でもそれは神様のことが、ではなくて、自分が一人になってしまったことに対してだった。▼

 なんて身勝手なんだ、俺は。▼

 呆れてしまった。▼

 もう二度と会えないとか、跡形もなく姿を消してしまったとか、そんな事をもう言わないでほしい。▼
 

 あれから十年か。▼

 気持ちの整理がついてもうしばらく経っていた。▼

 申し訳なさはまだ残るけど……。▼

 
 ーーでもたまに、本当にたまに、思ってしまう。▼

 生存なんて言葉、この状況に一番相応しくない言葉なのに。▼

 もしかして、もしかしたら……そう思ってしまうんだ。◾︎

2/27/2023, 10:50:40 AM

 うまくいかないときだってあるけど、大抵餅を食えばなんとかなる。チョコレートと食えばカカオの効果も加わって良い。餅は俺にとってベッドだ。口に含んだ途端ふかふかな空間に包まれる。本当に至福である。こんな自分でもここでなら息ができるんだ。ああ、はいはい分かってるよ、もう2回深呼吸したら、仕事に戻るから。

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