ううん、違うの。
ううん、違うの。
私はそんな器じゃないの、もっと綺麗で、賢明で、美しいはずよ、もっとちゃんと見て考えて。
「私はもっとすごいってこと、早く気づいてちょうだい。」
飛べない翼
僕は未だに、麻酔が効かない。あの場所もあの記憶も、もう少しで手が届きそうなのに。ふわりと浮いて掴むことができない。今、目の前にあるのは、自分をのみ込む田園と、あのカラスが落とした、黒い黒い羽根。歌が聞こえる。僕の翼を散らした歌が。
幼稚園の頃からずっと遊んでいたあの子が、小学校三年生のとき、神隠しにあった。▼
昔から、もうすぐ梅雨になるなって頃に、国内のどこかで子供が攫われるらしい。▼
あの子が選ばれてしまったと思うと、腹が立ってしまう。▼
別に俺でもよかったじゃないか。▼
なんで。▼
もっとあの子と遊びたかった。▼
話したかった。▼
一緒にいたかったのに。▼
それなのに……。▼
許せなかった。▼
でもそれは神様のことが、ではなくて、自分が一人になってしまったことに対してだった。▼
なんて身勝手なんだ、俺は。▼
呆れてしまった。▼
もう二度と会えないとか、跡形もなく姿を消してしまったとか、そんな事をもう言わないでほしい。▼
あれから十年か。▼
気持ちの整理がついてもうしばらく経っていた。▼
申し訳なさはまだ残るけど……。▼
ーーでもたまに、本当にたまに、思ってしまう。▼
生存なんて言葉、この状況に一番相応しくない言葉なのに。▼
もしかして、もしかしたら……そう思ってしまうんだ。◾︎
うまくいかないときだってあるけど、大抵餅を食えばなんとかなる。チョコレートと食えばカカオの効果も加わって良い。餅は俺にとってベッドだ。口に含んだ途端ふかふかな空間に包まれる。本当に至福である。こんな自分でもここでなら息ができるんだ。ああ、はいはい分かってるよ、もう2回深呼吸したら、仕事に戻るから。
高いところから落ちるときは、案外ゆっくりに見える。このビルの真下にある湖に届くよう大きくジャンプしたから尚更だ。大空でペダルを漕いだ。シャツが膨らんで背中が空に押されたのを感じられた。僕は為すべくしてそうしたのだと実感し、太陽を見た。だんだん遠ざかる光に、つい夢中になってしまう。世界が僕に手を振った。一瞬、風に煽られてふわりと浮いた。僕の世界はもうすぐ終わる。
いや、0になるだけだった。100として保存されるうんと前にリセットになる。地上0メートルから始まる夢かもしれない。でもマイナスよりマシだ。