書く習慣:本日のお題「もっと知りたい」
世の中、もっと知りたいと思うことが溢れかえっている。
「賢者は歴史に学ぶ」や「巨人の肩の上に立つ」というように、必ずしも自分で全てを経験する必要はなく、先人の知識を借りる効率のよさを語る言葉がある。
でも、やっぱり経験してみないとわからないこともある。「百聞は一見にしかず」というやつだ。
先日、江戸時代の城暮らしを想像してみる機会があった。城の間取りや衣装のビジュアルについて調べてみたものの、自分の想像力に限界を感じたので、近場の城を訪ねてみた。
まず、城に辿り着くまでの石垣や階段に驚かされた。レンガをコツコツ積み上げるとかではなく、巨石ドーン!の組み合わせである。しかもラインがきれいなカーブを描いている。私が造ったら絶対ガタガタで「コンセプトは『いびつ』かな?」とか「見ていると不安になってくる石垣」などと思われるだろう。
そして、青空にそびえ立つ城の高さに圧倒された。重機もない時代にこれを造ったんですか!?
訪れた日は見事な晴天だったため、黒と白のコントラストが鮮やかなうえに、陽射しを弾き返して輝く金色の鯱と金箔瓦が空の青に映えていた。月並みな言葉だが非常に美しく、威光を感じられた。
最上階からの眺めは現代の街並みだが、それでも城の主人として人々が暮らす町を眺めたら「自分がしっかりせねば」と思っただろうなと想像できた。
展示によると、藩主は「年貢を納める領民あってこそ」と判断し、災害時は家臣より領民を優先したことなどが伝えられているらしい。もちろん、もともとの本人の気質や藩主教育あってこそだろうが、個人的には地上6階からの眺めも一役買っていたらいいなと思った。
展示の最後に、『武士の家計簿』などの著者である磯田道史先生による「教えて!イソダ先生」なるQ&Aコーナーがあった。「武士のはじまり」や、武士の世界・日本の戦い方の歴史がどう変わっていったかがわかりやすく解説されていた。特に「日本中にコンビニと同じ5万ほどの城・砦が築かれ」という部分がよかった。何百年も前の城はとても遠い世界に感じられるが、コンビニを引き合いに出されて一瞬で身近な存在になった。『武士の家計簿』も読んでみようと思う。磯田先生の書く文章をもっと知りたい。
城の展示室には、跨って記念写真を撮れる昔の馬の模型や、日本刀・火縄銃・馬上筒(馬に乗って使う片手銃)を持ち上げられるコーナーもあった。来場者の「知りたい」を最短で叶える非常によい展示だった。
展示を見終わってから改めて城を見上げたら、城の輝きがいっそう増したように思われた。
書く習慣:本日のお題「愛と平和」
愛と平和。愛があれば平和になる気がするし、平和な状態には愛を見いだせるような気がする。
でも、愛は必ずしも平和をもたらすとは限らない。誰かを愛するがゆえに、別の誰かと対立したり排除したりすることもある。
平和に必要なのは愛よりも理解と尊重だ。愛せない相手との間にも平和の可能性があると思うと、少しほっとする。
マザー・テレサは、世界平和のためにできることとして「家に帰って家族を愛せ」と言ったという。まずは自分にとって最も身近な存在を愛するところから始めるべし。
それなら、家族より前に自分を愛するのはどうだろうか。
そうしたら、愛したい家族がいない人でも実行できそうだ。
自分を愛するというのは案外難しい。私は大雑把な人間だから、「まあいいか」と適当かつ力技で過ごしている。インスタントコーヒーを淹れる時は目分量だ。ドリップコーヒーに勢いよくお湯を注いでしまって、フィルターからコーヒーの粉が溢れてマグに入っても気にしない。直近では、指輪が抜けなくなった際、糸の代わりに髪の毛を指に巻きつけて指輪を外した。
「自分を大事にするのが難しい人は、自分を友人のように扱うとよい」と聞いたことがある。しかし、友達が雑な暮らしをしていても、それが本人の生き様ならほっとこうとか思ってしまう。
ならば、常に自分を自宅に招いた友人として扱うのはどうだろうか。
友人のために淹れるコーヒーなら、スプーンや計量カップを使うだろう。ドリップコーヒーだって慎重に注ぐし、友人が「指輪が外れない」と悩んでいたら、コンビニに裁縫キットを買いに行く。
休日だけなら、できそうな気がしてきた。
家族を愛せている人は、家の中で全方位に丁寧なのだろうか。いや、そんなことはない。
大雑把なメンバーがいても、理解と尊重をもって平和に共同生活をやっていっているのだろう。
やはり、身近なところで愛と平和は両立している。
書く習慣:本日のお題「過ぎ去った日々」
「過ぎ去った日々」、卒業シーズンらしいキーワードであると同時に、楽曲の歌詞にありそうでもある。
カレンダーに目をやる。
今日は3月上旬の最終日。今月の3分の1が過ぎようとしている。
大人になると、やたらと時間が経つのが速く感じられる。
世間ではジャネーの法則と呼ばれているらしい。
「5歳の子どもにとっての1年間は人生の20%(5分の1)を占めるから長く感じるが、50歳の人の1年間は2%(50分の1)だから、あっという間に感じられる」というものだ。
過ぎ去った日々を振り返ってみる。
子ども時代はずっと学校行事とその練習、そして試験に追われていたように思う。
3月は卒業式の練習や「三年生(六年生)を送る会」の準備があったし、それが終われば新生活や入学式の準備が待っている。在校生なら「一年生を迎える会」や「部活動の勧誘」に追われ、部活見学に来た新入生に感じよく頼れる先輩っぽさを見せるなどしていた。
大人になり、人間関係の入れ替わりが少ない職場に身を置く生活になった。
学校行事から解放されても、今度は仕事がある。しかし、業務に追われている日々だというのに、子ども時代ほど体感時間が長くない。むしろ、週末前と週明けに「もう3月の1週目が終わっちゃう」とか「もう2週目になっちゃった」などと同僚と挨拶するのがお決まりになっている。
もちろんジャネーの言うとおり、人生に占める1年の割合が歳をとるごとに減っていくからだろう。
そして個人的な感覚としては、業務と学校行事の捉え方の違いがあると思う。
私にとっての学校行事は、「早く終わって解放されたいな」と思いながら、だるい練習を繰り返すものだった。
たった1日のイベントのために、合唱曲やら劇のセリフやらを覚えなくてはいけない。真面目にやれない人が出るのもしょうがないと思う。当時の私は「練習態度も評価されるなら真面目な顔でおとなしくしていよう」と考えていた、小賢しいクソガキだった。
そして大人になった今、ありがたいことに職にありつけている。そして仕事は締切が肝心だ。
子ども時代のイベントに変換すると、「夏休みの宿題を2学期までに終わらせなきゃいけない」あの感覚がいちばん近い。
夏休みは40日くらいあったけれど、仕事は当日中や1週間以内の期限が設定されているものもある。
中には1ヶ月以上の期限の業務もあるが、夏休みと違うのは、1ヶ月期限の仕事と並行して当日期限、1週間期限の仕事も抱えていることだ。
単にやることが多すぎて、ハッと気づけば1日が、1週間が、1ヶ月が終わっている。
スパンの長い業務に対しては、子ども時代同様に「早く解放されたいな」と感じているが、当日が来るのを待つしかなかった子ども時代とは違う。
カレンダーを眺めて物思いに耽っている場合ではない。
「もうお昼!?」「もう3時!?」と1日単位どころか時間単位で過ぎ去った日々に驚きながら、毎日を生きている。
書く習慣:本日のお題「お金より大事なもの」
いくらお金を積んでも手に入らないものはいくつかある。
その中でも万人にとって大事なものは、健康だと思う。
時間や人の気持ちも手に入らないけれど、お金で何とかなるかもしれない希望がある。時間はお金で買えると言うし、仕事として親切にしてくれる人もいる。
でも、健康は「金ならある!」と叫んでもダメな時はダメだ。
ウイルスなどは「お金もらえるなら体から出てってあげてもいいかも」とは思ってくれないし、まだ人類は寄る年波には勝てない。
しかし自分で梯子を外してみるが、健康のためにはお金と時間が必要だ。
睡眠、運動、栄養バランスのとれた食事。
無理では?
理想は遥か遠くにあり、考えるだけで気が滅入って健康から遠ざかりそうな気さえしてくる。
ここでWHOの定義を確認してみると、「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」だそうだ。
WHOの言うことを都合よく解釈してみると、「病気でないとか弱っていない"ということではない"」、つまり病気でも弱ってても、"満たされた状態"なら健康といっていいらしい。
「まあこんなもんかな」と満足できていれば、肉体的にちょっと風邪っぽくても、精神的にちょっと疲れてても、社会的にちょっと寂しくても、健康と判定してよいのだ。
「まともに寝られる生活を」とか、「運動する気力体力を残して退勤したい」とか、「スーパーが開いてる時間に帰らせろ」とか、自分の健康を守るために現状を改善する(または環境を変える)ことから、健康な生活が始まるのかもしれない。
書く習慣:本日のお題「月夜」
月夜に出歩くのが好きな子どもだった。
今思えば普通に危ないから親が叱る気持ちもよくわかるが、当時はどうしても月明かりを頼りに散歩したかった。
それくらい、夜中の私には娯楽がなかった。
今ならスマホ1台あれば手のひらのなかで世界と繋がれるけれど、平成一桁生まれが小学生だった頃はようやくiPodが生まれた時代だった。
そして当時の私は携帯音楽プレイヤーの存在を知らず、知らないものは欲しがれないので当然持っておらず、親のお古のCDラジカセでシングルのCDに入っている4曲をヘビロテ鬼リピするしかなかった。
夜更けに本を読もうと部屋の灯りを点ければ親が飛んできて「早く寝なさい」と言うし(当たり前)、夜中に音楽を流したら近所迷惑即村八分だ(ウォークマンどころかイヤホンさえ持っていなかった)。
賢明な両親は寝室にパソコンを設置しており、夜中に子どもがネットにかじりつくのを防いでいた。
そんなわけで、夜中に何かしたければ物音を立てずに家を抜け出して散歩するしかなかったのだ。
そもそも、なぜ子どもが夜更かししているのか。
私だって、学校でのいい子や、家族の長女としての時間じゃなくて、私が私になれる時間がほしかったのだ。
地元で結婚した両親には、同じく地元で家庭を持った学生時代の友人がほぼそのまま残っていた。
両親は同窓会に参加するだけでなく友達を家に招いたり遊びに行ったりして、「子どもの親」や「配偶者」になる前の自分に戻っているように見えた。お酒を飲んで騒いでリビングでいびきをかいて寝るなど、気心知れた友人の家は我が家同然といったくつろぎ方をしていた。
とても羨ましかった。
あまりにお行儀が悪いと「あの子とは遊んではいけません」と親から禁止令を出されるのがリアルキッズである。
それに、我が家では子どもの門限が夕方5時だったため、シンデレラでさえ羨ましかった。12時の鐘で魔法が解けるにしろ、彼女の場合は門限ではない。
月明かりと街灯が照らす深夜に外を歩くのが、私が私になれる時間だった。
お行儀以前に安全面に問題がある行動だ。事故や犯罪被害などに遭わなかったのは、本当に幸運だった。
もっとも、両親をして「性別不明年齢不詳オタク」と言わしめる容姿だったから、もし誰かに見られていても子どもとは思われていなかった可能性がある。
ちなみに月がないと次の街灯までの間が真っ暗でとても出歩けず、深夜徘徊は満月付近の夜に限られた。
本当に危険なので絶対にやるべきではないが、月明かりを頼りに水路へ近づいてせせらぎを聴いたり、カラオケの裏手から漏れ聞こえてくる誰かの歌に耳を澄ませたりしていた。知っている曲が聞こえると嬉しくなったし、何回か聞いているうちにサビのワンフレーズを覚えた曲もあった。音楽番組で原曲を聞いて「全然違うじゃん!」と内心で突っ込むほど個性的な歌声もあった。
大人になってから伊坂幸太郎の『死神の精度』を読み、ミュージック大好きな主人公の死神にひとしきり笑ったあと、子どもの頃の自分も同じようなものだったと思い出した。
散歩は楽しいが、新聞配達の前には家に戻っていないと親に抜け出したことがバレる。夜中にバイクでやってくる新聞配達屋さんは、砂利敷きの庭に荒っぽく乗りつけてポストに新聞を突っ込むなどしてかなり物音を立てるのだ。親はよく新聞が届く時間に目を覚ましていた。
丑三つ時には家に戻り、お腹が空いていたら袋ラーメンなどを作って食べ、ほどよい疲労感と満腹感をかかえてベッドに潜り込むとようやく眠気が訪れる。
10代の私は、月夜にだけ自分になれる逆狼人間だった。