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書く習慣:本日のお題「愛と平和」

愛と平和。愛があれば平和になる気がするし、平和な状態には愛を見いだせるような気がする。

でも、愛は必ずしも平和をもたらすとは限らない。誰かを愛するがゆえに、別の誰かと対立したり排除したりすることもある。

平和に必要なのは愛よりも理解と尊重だ。愛せない相手との間にも平和の可能性があると思うと、少しほっとする。

マザー・テレサは、世界平和のためにできることとして「家に帰って家族を愛せ」と言ったという。まずは自分にとって最も身近な存在を愛するところから始めるべし。

それなら、家族より前に自分を愛するのはどうだろうか。
そうしたら、愛したい家族がいない人でも実行できそうだ。

自分を愛するというのは案外難しい。私は大雑把な人間だから、「まあいいか」と適当かつ力技で過ごしている。インスタントコーヒーを淹れる時は目分量だ。ドリップコーヒーに勢いよくお湯を注いでしまって、フィルターからコーヒーの粉が溢れてマグに入っても気にしない。直近では、指輪が抜けなくなった際、糸の代わりに髪の毛を指に巻きつけて指輪を外した。

「自分を大事にするのが難しい人は、自分を友人のように扱うとよい」と聞いたことがある。しかし、友達が雑な暮らしをしていても、それが本人の生き様ならほっとこうとか思ってしまう。

ならば、常に自分を自宅に招いた友人として扱うのはどうだろうか。
友人のために淹れるコーヒーなら、スプーンや計量カップを使うだろう。ドリップコーヒーだって慎重に注ぐし、友人が「指輪が外れない」と悩んでいたら、コンビニに裁縫キットを買いに行く。
休日だけなら、できそうな気がしてきた。

家族を愛せている人は、家の中で全方位に丁寧なのだろうか。いや、そんなことはない。
大雑把なメンバーがいても、理解と尊重をもって平和に共同生活をやっていっているのだろう。

やはり、身近なところで愛と平和は両立している。

3/11/2026, 1:08:04 AM