書く習慣:本日のお題「過ぎ去った日々」
「過ぎ去った日々」、卒業シーズンらしいキーワードであると同時に、楽曲の歌詞にありそうでもある。
カレンダーに目をやる。
今日は3月上旬の最終日。今月の3分の1が過ぎようとしている。
大人になると、やたらと時間が経つのが速く感じられる。
世間ではジャネーの法則と呼ばれているらしい。
「5歳の子どもにとっての1年間は人生の20%(5分の1)を占めるから長く感じるが、50歳の人の1年間は2%(50分の1)だから、あっという間に感じられる」というものだ。
過ぎ去った日々を振り返ってみる。
子ども時代はずっと学校行事とその練習、そして試験に追われていたように思う。
3月は卒業式の練習や「三年生(六年生)を送る会」の準備があったし、それが終われば新生活や入学式の準備が待っている。在校生なら「一年生を迎える会」や「部活動の勧誘」に追われ、部活見学に来た新入生に感じよく頼れる先輩っぽさを見せるなどしていた。
大人になり、人間関係の入れ替わりが少ない職場に身を置く生活になった。
学校行事から解放されても、今度は仕事がある。しかし、業務に追われている日々だというのに、子ども時代ほど体感時間が長くない。むしろ、週末前と週明けに「もう3月の1週目が終わっちゃう」とか「もう2週目になっちゃった」などと同僚と挨拶するのがお決まりになっている。
もちろんジャネーの言うとおり、人生に占める1年の割合が歳をとるごとに減っていくからだろう。
そして個人的な感覚としては、業務と学校行事の捉え方の違いがあると思う。
私にとっての学校行事は、「早く終わって解放されたいな」と思いながら、だるい練習を繰り返すものだった。
たった1日のイベントのために、合唱曲やら劇のセリフやらを覚えなくてはいけない。真面目にやれない人が出るのもしょうがないと思う。当時の私は「練習態度も評価されるなら真面目な顔でおとなしくしていよう」と考えていた、小賢しいクソガキだった。
そして大人になった今、ありがたいことに職にありつけている。そして仕事は締切が肝心だ。
子ども時代のイベントに変換すると、「夏休みの宿題を2学期までに終わらせなきゃいけない」あの感覚がいちばん近い。
夏休みは40日くらいあったけれど、仕事は当日中や1週間以内の期限が設定されているものもある。
中には1ヶ月以上の期限の業務もあるが、夏休みと違うのは、1ヶ月期限の仕事と並行して当日期限、1週間期限の仕事も抱えていることだ。
単にやることが多すぎて、ハッと気づけば1日が、1週間が、1ヶ月が終わっている。
スパンの長い業務に対しては、子ども時代同様に「早く解放されたいな」と感じているが、当日が来るのを待つしかなかった子ども時代とは違う。
カレンダーを眺めて物思いに耽っている場合ではない。
「もうお昼!?」「もう3時!?」と1日単位どころか時間単位で過ぎ去った日々に驚きながら、毎日を生きている。
3/9/2026, 11:10:16 PM