鏡
セルフイメージではもっとシュッとした顔なんだがなぁと、毎朝無理矢理笑顔の練習。これでニコってされて嬉しいのかな?などあまり自分の顔を見るが、これ以上造作はどうにもならない。化粧も得意ではない。デブが塗りたくってどうする。髪だって背中に人が立つのが嫌で最後に行ったのは二十年も前で、長くなったら自分で紙切りバサミで適当に切っている。
人は見た目で判断するんだから、ちゃんとしなさいって言われるが、ちゃんとしたスーツも何か浮いているようでどうしたもんだか。だからといって服に関心を持つわけではなく、鏡に映る自分とため息をつく。
自分がおかしいんじゃないかって思いながらもどこかに妥協を見いだす。
今の自分に満足していない事がわかる。それを認めないのも。
でも、鏡は見過ぎてはいけない気がする。
違う世界へ行きそうな感じがする。
いつまでも捨てられないもの
そんな物いつまでも持っている?
手に握っていたペンを取り上げられ床に投げつけられた上に、足で踏みつぶされた。
この手では、そのペンは握れない。わかっている。もう紙もない、紙の代わりもない。生活に必要な物も品質は最低限だ。それでも、ペンだった物を見つめてしまう。
ペン先と軸が金属だ。再生に回そう。そう思って、アームを伸ばそうとすると先に拾われた。
もらってやるよ。落として壊れて捨てたんだよな。
ニヤニヤしながら回収箱へ入れて背を向けて他の物を探しに行った。
そうやって、君が失ったものへの気持ちをごまかせばいい。自分は代償を求めない。
君は靴を履けない、スプリンターだったって?靴は今存在しない。今、君が足につけているのは自分と同じベアリングの入ったローラーだ。自分はそれにプラスで手も腕もスプリング丸出しのアームだ。身体もほとんど置き換わってしまって脳がそのままだ。君はまだ生身が多いから失った足や出来なくなったスプリント競技への想いが強いんだね。
表情筋が豊かだからうらやましい。自分にはないから。
さてと、どうしてこんな身体に皆がなったかを記録しよう。身体の前のパネルを開ける。楽しかった生身の時の記録は終わった。アームの先を削ったらペン先みたいになったから、まだ書ける。自分は書く事は捨てられないよ。誰が見てくれなくてもね。
誇らしさ
自身の芯となる部分と自信、強い意思、プライド
これがバランスよくならないと。
自分にも誇る事があるんだろうか?
完璧主義では傲慢に見えるしなぁ。違うけど。
書き始めはイメージとしてはこんな感じ。
凛とした雰囲気を持った姿は見守る両親の誇らしさを満足させるものだった。
立ち振る舞いに穏やかで思慮深い言葉や仕草に見惚れる者も多い。
本人は必死で努力して期待に応えるべき正しいと思われる行動をしているだけだった。
そして疑問に思う。これは自分のしたい事か?
うん。これ以上浮かばない。結末がいつも締まりが悪いので、浮かんだら続きを書こうかな。
心の健康
何を根拠に健康だと言われるのかわかっているのかしらね?まったく、毎日毎日、自意識過剰みたいな被害妄想ばかり…。目の前の人全てが納得する話なんかないし、誰もが自分を理解しているわけないじゃない?
遅いランチを食べている時は社内カウンセラーの彼女はキレイな脚を組んで、スプーンをプラプラさせながらイライラしていた。
珍しいね?君がイライラしているのは。
俺は、総務打ち合わせが延びてランチの目玉を逃してしまった為海老天をプラスしたうどんを食べ始めた所だ。
ごめん。つい…この所、いわゆる病んでるという人が多くて、すぐハラスメントだってなるから、書類も多いのよ。あなたも大変でしょ?ライフワークバランスを社員に徹底する為に発信源が残業って矛盾しているわね。
うん、そうだね。我々は農耕民族だから、畑や田んぼに休みがないってしみついているのかな。休みに罪悪感持つ人が多くてね。外国とは違うんだから、法定休日だけでも守ってくれないかな。君も。
明日、振替休日だから休むわ。
そうして。身体壊したら意味ないからね。
しかし、足りないくらいで丁度いいのかな?やりたい事を求めるのは。
どうかしら?答えがそこにあるのに見えないって事もあるわね。悩みのない人はいないけど。
やれやれ、答えがあるのが当たり前でもないだろう?
そうね。答えが正しいかわからないから悩むのよね。
俺は軽く手を振って戻って行く彼女を見送った。
正しいかどうかは試さないとわからないんだよ。
だから、試すしかないんだ。
俺は海老天を食べるとポケットからリモコンを取り出した。会社の機能停止すれば皆休むでしょう?
ボンって音がした後の事は覚えていない。ただやっと休めるって思っただけ。
君の奏でる音楽
やっと見つけた。
そう言われて、は?、何言ってんだ?この不思議な感じの人物は、と、身構えてしまった。
男か女か、若いのか年寄りなのか。このクソ暑いのに全身マントをかぶっていて姿がわからない。
やっと見つけた。共に来い。
いやいや、子供だってついて行かないだろう?
少しずつ後退りしながら逃げ場を考える。
ジリジリと間を詰めてくる。周りはなぜか違う空間のようにこの危機的状況には無関係だ。いや、見えてない。
腕を掴まれた。
イヤだ!行きたくない!
なぜだ?なぜ、自分なんだ!
フードが外された。知っている。また会おうと言ってそれきりだった君。でも、君は何者?
早く歌うのよ!私の音で!
聞き慣れた君の音だ。歌えって、この状況で?
世界を救うのよ!私の音だけでは足りない。あなたの音がいる。早く、帷が降りる。
君の奏でる音楽に合わせて歌う時、世界が終わるって言ったじゃないか!救う?
暗くなってきた。歌わないからか?
終末の音を打ち消してもまだ先があるのに。
君の音に誰かが合わせて音が増えていく。
君の奏でる音楽は生きる喜び、生きる意味、共にいたいと差し出す手。掴むよ。共に生きよう。