20歳
ハタチになったら結婚しよう。そう言われたのはまだ幼いころ、8歳とか9歳とかそんなものだった気がする。結婚しよう、と言ったのは4歳年上のはとこだった。
面倒見の良いはとこはわたしたちの家に来ては、遊び盛りの兄弟3人を連れて近くの公園に行ったり、家でパーティーゲームをしてひと騒ぎしていた。後々で聞いたところでは、はとこの家は父母が夜遅くにならないと帰ってこないので祖父母のいるわたしたちの家で預かっていたらしい。
まあそれはともかくわたしは、はとこが好きだったのだ。何をするにもはとこのあとをついていって、はとこが他の兄弟ばかり構っていれば分かりやすく拗ねてごねて。なきべそをかいていればはとこは困ったように笑いながら頭を撫でてくれたので、ちょろいわたしはいつもご機嫌になっていた。
そんなはとこが中学生のころ、引っ越すことになった。聞けばお母さんの実家にいくのだという。引越し先は愛媛県だと言われても地理も何もしらないわたしには別世界に行ってしまうのと同じことだった。
だから、わたしは大暴れした。泣いて喚いて何がなんでも離すものかとはとこにへばりついて。
小学生の癇癪にみんな困って、もちろんはとこも困って、どうしようか、という空気に目敏く気付いた私はもっと意固地になって抱きしめる力を強くした。
10分15分の攻防の末、はとこが言う。
ハタチになったら、結婚しよう。
ピタリとわたしは泣きやんだ。結婚、というものをよく分からないながらも、大切な約束だと知っていたから。
小指を差し出した(今思えば大人っぽすぎる)はとこのとおりに、わたしは小指を絡めた。約束だ、とは言わなかったけれど。
そんな、そんな思い出だ。ああ、そんなこともあったなとふと感傷に浸るような思い出にしたはずだが、これはどういうことだ。
目の前にはオーダーメイドのスーツに身を包む、10年ぶりくらいのはとこ。わたしの胸についた花と同じ花が包まれた花束をこちらに差し出している。
バクバクと心臓が激しく振動する。あの小指を差し出したはとことには見えないのに綺麗に重なった。
三日月
朝6時頃、暖気で温めた車に乗って出勤をする。田舎でもかなり山の方なので朝は山を下るという感覚で何も通らない静かな道を流れていく。フロントガラスに映る電線もビルも何も被らない遠くて広い空は、すごく気持ちが良い。
白から徐々に青に変わる途中の空にぽつんと浮かぶのは真っ白な三日月。寒い時期、真っ暗な夜になっても山に隠れて見えない月は朝になると西の山々の上に現れる。
今日は三日月、というには細すぎるか?新月の前かあとかは分からないが薄い青と溶け合うようなコントラストがお気に入りだった。
よく見る黄色い月じゃなくて真っ白の月は、太陽が登る前の早朝にしか見られない。もう少し寒くなってくると同じ色の月は見えなくなる。この時期のこの時間だけの三日月を楽しんで、静かな朝を堪能して、1日を初めていく。
色とりどり
白って200色あんねん、なんて同居人がつぶやく。何急にと半笑いで返せば、同居人は端末の画面をちゃんと認識してるのかわからないスピードでスクロールしながら言葉を続ける。
「実は白って200色以上あるらしい」
「そうなの?」
「うんでもはっきり色が違うって認識出来る色はめちゃくちゃ少ないんだって」
「へえ」
手元の端末の色はスターライト、いやこれはちゃんとした色の名前ではないか。なんていう名前なのだろうか、名前があるわけじゃなくて色番号?ってやつかな。端末カバーを取り外してみつめてると同居人は先程まで眺めていた液晶を伏せて、笑う。
「やっぱり何ごとも分かりやすいのが1番だよ。これは白じゃなくて乳白色なんですって言われても、いや白じゃんって思うわけ」
「それはひとそれぞれだろ」
「いっぱい色んな白を並べて、ほら見てください!色とりどりでしょう!って言われてみ?は?何言ってんだこいつってならない?」
何やらスイッチが入った同居人にそれはそうだと頷けば、分かりやすいのが1番だよともう一度ドヤ顔をしてから再び液晶に明かりをつけた。どうやら同居人のスイッチは一瞬で切れたようだ。結局白って200色あんねんの意味が分からなかったが、満足気なのでよしとしよう。
ふわふわと羽根が降り落ちるように地面に落ちては音もなく消えていく。降るというよりは舞うと言ったほうがいいだろうか。どんよりとした曇り空とは正反対の真白さが好きだった。雨とは違い雪が降るとなんだか嬉しく思って、寒いというのに外へ繰り出しては曇り空を見上げて、微かな冷たさが当たる頬を緩めた。
あまり雪が降るようなところではないから嬉しい気持ちになるが、住む場所が違えば憎たらしい白色となるのだから不思議なものだ。テレビに映る一面真っ白で埋まる世界は同じ国とは言え非日常の別世界に思える。
子供の頃はもう雪が降れば嬉しくてはしゃぎ倒していたけれど、大人になってはこたつに入ってアイスを食べながらしんしんと降る雪を眺めるしかない。この光景もまた風情がある、だなんて考えてはうつらうつらと微睡むのだ。