閉ざされた日記
「着いた、ここが目的の図書館だ」
バーミントさんは全く息を切らしていない声で言う
「すごい、大きいですねぇ」
それに対して私はここに辿り着くまでの長い坂を登ったことで息を切らしていた
「大丈夫か、オリーブ。少しベンチで休むか」
バーミントさんは膝に手をついて荒い息になる私に気遣ってくれた
バーミントさんは強さだけでなく、独りよがりではないやさしさも持ち合わせている
いつまでも付いていける人だと再認識する
「はい、ありがとうございます」
図書館の前庭にある池の側のベンチに2人で腰掛ける
まわりは生垣で囲われて、強い風から防いでくれる
冬の寒さはそこまで感じなかった
横のバーミントさんを見ると、池を眺めるその顔はやさしさに満ちあふれたものだった
戦場で見る顔とはまるで違うのだ
その差に私は胸を打たれる
気づけば私はもう息が整っていた
「もう大丈夫です、ありがとうございます」
「そうか、では館内に入ろうか」
そうして立ち上がると、生垣の向こう側に小さくなった街が見える
私たちがどれほど長い坂を登ってきたのかがわかるほどに街は小さい
そして、顔には自然の香りを思わせる風が吹く
「おぉすごい」
私は思わずそう口にしていた
図書館内は外の空気の澄んだ緑とは違い、落ち着く空気が広がる褐色だった
そして外観からは想像もつかないような広さがあり、それに準じて数え切れないほどの本が敷き詰められていた
本の背表紙が途切れることなく繋がれている
「街外れの坂の上にあるこの図書館は、この世の中の情勢なんかを忘れさせるほどに、時間がゆっくり流れている。
それが落ち着いた空気を漂わせていると私は感じる。
そして、窓際の席で本を読むのが私は好きなんだ。街の眺望が綺麗に見える。」
バーミントさんは静かにそう告げる
普段戦場で聞くバーミントさんの言葉には人が魅入るような重みがある
しかしここで聞く言葉には違った意味で魅入るものがある
それは美しい表現である
そしてバーミントさんと私はそれぞれで、本棚を見て回り、好きな本を見つければ、好きな場所で読む
私は慣れない図書館にどんな本を読んでいいか悩んだ末に、かわいいイラストの描かれた絵本を手にして読んでいた
何冊か絵本を読んだ後に、ふとバーミントさんは何を読んでいるのだろうと気になった
バーミントさんが本を読む席へと近づきいつものように話しかける
「バーミントさん、只今よろしいでしょうか」
「あぁ大丈夫だ。今日はそんなに硬くなる必要はない。」
バーミントさんは本へと向けていた顔を私の方へと向けて言う
「はい、」
「それで、何の用だ」
バーミントさんはゆっくりと本を閉じて、私へとしっかりと向き直る
バーミントさんが私に注目してくれていることに心が跳ねる
「バーミントさんはどんな本を読んでいるのか気になりまして、」
私は自分の心を読まれないように少し控えめに聞く
「私か、私はまぁそうだな。自伝書を読んでいる」
バーミントさんは手元の本を見つめて呟く
「自伝書ですか、」
聞き慣れない響きに私は復唱した
「あぁそうだ。自伝とは言わば人生を記したもの。ここには様々な人たちの人生が眠っている。
この戦時下の中、いつ何時自分の命が賭してもおかしくはない。だから自分の生きた証を記して本にする。
私はそんな人たちの人生に触れるのが好きなのだ。
人の人生とは美しいものなのだと、私は深く感じる。」
木枯らし
「吹(すい)、きのう最新話見た?」
「、、、」
「ん?吹?何その顔、聞いてんの?見た?」
「、、、えっと、誰ですか」
僕は隣の席から吹のそのセリフを聞いて、鳥肌が立つ
そして即座に2人の会話に割って入った
「吹、昨日は映画に付き合ってくれてありがとね。すごく楽しい1日になったよ」
僕はそう言って吹たちの会話を無理やりに断ち切った
「うん、全然いいよ」
吹は悲しげな表情を僕の方へと向けて返してくれる
「ちょっと、急にのろけ話やめてよぉ〜」
先程まで吹と会話をしていた梨奈(りな)は僕と吹の会話を見て言ってくる
そこでホームルームが始まるチャイムが鳴り、救われる
梨奈は同じ教室の自分の席へと戻っていく
そして吹はその彼女が席に着くまでの様子を見届けて、悲しみの表情を机へと向ける
『大丈夫?』
僕は授業中、ノートの切れ端にそう書いて隣の席の吹の机に置く
吹はそれを手にして、自身もノートの切れ端に何かを書き始めた
吹はそれを僕の机へと置く
僕はそれを手にする
『うん、大丈夫。悠希(ゆうき)くん、さっきはありがとう。助かったよ
まさか同じクラスの人にもなんて、、怖くなってきた。
こんなの申し訳ないよ。
どうしよう、これから。』
僕の幼馴染の宮本吹は特定記憶欠損症なのである
特定の物、人との記憶がなくなってしまう病気
それはまるで木に実ったものたちが吹きさわれて何もなくなってしまう木枯らしのようなもの
僕はその日休み時間のたびに吹の相手をして、他の人が話しかける暇を与えないようにし、昼休みを迎えた
吹と2人で誰もいない階段へと移動して、お昼を食べながら情報共有をした
どうやら吹は梨奈との記憶だけを忘れているだけで、他の人は全員覚えているようだった
「ちなみに、なんで忘れたかわかる?」
僕は以前の経験から何かトリガーがあって忘れたはずと推測して聞いてみる
「ごめん、それすらも覚えてない」
「それもそうかぁ。」
僕は俯き、考え込む
そして僕自身が抱く不安から悩んでもいた
そこに吹は申し訳ないようにもう一度「ごめん」と呟く
「全然、それは大丈夫だから。もうこうなってしまったらしょうがないから、これから梨奈とどう関わっていくか考えよ」
「うん、ありがと」
結局、昼休みの時間だけでは解決策は思いつかずで、学校が終わってから考えようとなった
♡
「吹、ここで待っててね。すぐに終わらせるから」
「うん、わかった」
私はそう言って、職員室の前で悠希くんを待つ
私は一人になって不安を感じる
「ねぇ吹」
私は誰かに話しかけられ振り向く
そこには私が今日の朝、忘れてしまった梨奈という人物がいた
「えっと、今はごめんなさい。人を待っているので」
私はそう言って誤魔化すことにした
しかし、それは何の効力もない言葉だった
「ねぇ、私何かした?」
梨奈さんは少し語気が強いように感じる声を出す
私の言葉は波風を立てるようなものだったのかもと後悔する
そして梨奈さんは呟く
「私たち友達だよね」
「えっと、、ごめんなさい」
私はそう言って小走りでその場を離れることにした
梨奈さん、今はごめんなさい
「待って!吹、本当に大丈夫?
今日はずっと何か思いつめているような感じだったから、私心配なの!」
その言葉を聞いて、私は足を止める
私がなぜ梨奈さんのことを忘れてしまったのかはわからない
でも、梨奈さんはやさしい人だとわかった
私はそんな人にこんな態度をするのはダメだと思った
嘘でもいいから、やさしさにはやさしさで返してあげないといけないと思い、私は振り返る
「、、梨奈、ごめんね、、今日は、なんだか調子が悪くて、、私たち友達だから、とりあえず今日は、またね」
美しい
「明日はいよいよ決戦だ!打倒魔王軍!、今宵は思う存分飲み食いして、明日に備えよ!」
その掛け声で始まったみなでの晩餐は静かなものだった
食器の音だけが響き渡る大食堂内
それもそのはずである
明日は遂に張り詰めていた魔王軍との対決が控えている
あちら側にもこちら側にも死者は多く出るのは確実
これが最後の晩餐
みなが死に怯えている
隊の士気がこれほど下がればよくないことは誰もがわかる
部隊長である私自身もよくないことがわかる
私はまだ半分ほど残っているワインボトルを持っている
私は立ち上がる
“パリンッ”
それを机に叩きつけた
静かな飲みの場においては目立つ音である
大食堂内の食器の音が一瞬で止んだ
みなが私に注目を集めた
そして私は半分に歪で鋭利な形となったワインボトルを掲げる
そこからは赤い液体が垂れ落ちて、私の手にも伝ってくる
「見よ!ここに命がある!命は常々迫ってきているものなのだ!それが明日であれ今日であれ、何もかわらないこと!
そして私たちは何がために闘うか!?
そうだ!大切な命を守るために闘うのだ!
私には野望がある。私はこの美しい街を愛おしく思う。なので!その美しい街を守り、その街で永遠に生きることがこの私、アンガス•バーミントの野望である。
大切な命がある者はそれを守るために、そしてそれがないものは、私の野望のために闘ってくれ!」
「「「おぉーー!!」」」
この世界は
屈折とは
光波・音波などが、一つの媒質から他の媒質にはいる時、その境の面で進む向きが変わること。
「ねぇ朱里(あかり)、このノート渡しといてくれる」
「自分で渡してみたら」
「だって、溝口さんってなんかずっと怒ってるじゃん。怖いもん」
「じゃあわかった。渡しとくね」
私は溝口胡桃(くるみ)と書かれてあるノートを受け取る
私は自席に座っている胡桃の元へとノートを届ける
「胡桃、これ、ノート返ってきたけど」
「いらない!」
胡桃はそっぽを向いたままそう言う
そしてちらっとこちらを見てから胡桃はノートを奪い取るように受け取る
今日も1日の授業が終わり、私は胡桃の席へと向かう
胡桃は帰り支度をしている最中だった
私はそんな周りの様子なんて気にしていない胡桃に話しかけた
「胡桃、一緒に帰ろう」
「やだ!」
胡桃は帰り支度の手を止めないで言った
そう言われて私はカバンを肩にかけて教室を出て、廊下を歩いて1人帰路へと向かう
すると気づけば、左後ろに胡桃がカバンを持ってついてきている
私は何気なく口にする
「今日もいい天気だね」
「雨!」
胡桃はそう返事する
私の友達、溝口胡桃が見ている世界は屈折している
胡桃は他の人とは見えている世界が違うだけ
屈折しているだけなのだ
私と胡桃は一緒に帰路を歩いていた
すると
「あっちいけ!」
胡桃が急にそんな事を言う
「えっなんで?」
私はそんな率直な疑問が口を出た
胡桃は向こうの方を指差している
「お前なんて大嫌い!」
「はいはい」
私は胡桃が指差す方へと1人歩いていく
そしてちらっと胡桃の方を振り向くと
胡桃は小さな少女が落としたのであろうマフラーを拾って渡してあげていた
どうして
私は電車に揺られて都会の喧騒から程遠い街へと降り立った
そこでとある本屋さんに立ち寄る
帽子を目深に被り、マスクをしている
なにか目的の本があるわけではない私はその本屋さんをぐるっと見て回る
そしてかわいらしいPOPがたくさんつけられている棚の前に立ち、眺める
『物語好きに届ける物語たち』と銘打たれていた
それをしばらく眺める
「何かお探しですか」
後ろからそっと話しかけられる
「自分の何かを変えてくれるような本を探しに来ました」
私は呟いた
店員さんは私の横に立つ
「この棚、僕が作ったんです」
「へぇ〜そうなんですね。あのうさぎさんとかかわいいですね」
私は大きいうさぎさんが飛び跳ねているイラストのPOPを指差す
「ありがとうございます。『しろいうさぎとくろいうさぎ』って知ってますか」
「いや、初めて聞きました」
「心温まる物語なんです」
「ゴーンゴーン」
大きい鐘の音が鳴った
私はびっくりした
「この街では1日に3回鐘の音が鳴るんです」
「あぁそうだったんですね」
鐘の音が鳴り終わると静寂が訪れる
その静寂がこの本屋さんの中を落ち着く雰囲気へと変貌させていた
この店内と外の世界とでは時間の流れ方が違う気がした
そう思わせるほどに私は今落ち着いていた
今日私はどうしてここに来たのかが今わかった
この場所に巡り合うためだったのだ
「お探しのものは見つかりましたか」