"ずっとこのまま"
平日の朝、いつもの喧しいほどの音で目を覚まして
布団から出て洗面台へ向かう。
いつも通りの朝。
身支度を整えて、ご飯を食べて、もう一度洗面台へ向かった。
いつもの髪飾りを手に取る。
いつか、君が付けていた髪飾りを引き継いで、毎日私の髪に結えている。
目の前で儚くなった君に、報いたいと感じているから。
そんなことをしても意味は無い、自己満足にしかなり得ないこと。
それは私が一番よくわかっていることだった。
私が願うのは幸福でも、不幸でもなかった。
ただ何も変わらず、失うこともない
ただずっと、いつも通りに
ふと時計を見るといつも家を出る時間を過ぎている。
私は焦って鞄を肩に掛け、玄関のドアノブに手をかけた。
"寒さが身に染みて"
ずっと、水の中で藻搔いている気がする。
上下左右もわからず、何処に進めばいいのかわからない
左手の方に進んでみれば殴られた、ならばと右手の方に進んでみれば首を絞められた。
そんなことを繰り返していると疲れてしまったので、ただただ彷徨って、漂って
そうしていればいずれ浮いて解放されるのかもしれない。
正解は諦めることだった!
なんて希望を抱いてみても、何も変わらないのが現実らしくって。
迷っていればいずれ水が泥に変わり果てて、
もっともっと苦しくなる。
ずっと心臓を握り締められていて
ずっと頭の奥が冷えている。
ずっと錘が四肢に引っかかっていて
ずっと肺の中にモヤモヤが居座っている。
もうどうすればいいのと嘆いて蹲ってみても誰も助けてくれなかった。
私はどうすればいいのだろう。
どう、したいのだろう
"20歳"
先月、2人目の兄が20歳を迎えた。
先週、1人目の兄がお酒を初めて飲んだらしい。
20歳になることに期待している一方で、自立した大人になれるのかという懸念がある。
今の自分では到底思い描けないので、やってみたいことを思い浮かべることがある。
お酒を飲んでみたい。飲んだらどうなるのか知りたい
タバコを吸ってみたい。父のように煙を操りたい
20歳とは人生の中でとっても大きな節目だと思う。
もしかしたら、まだまだ子供の私の感性だからこそそう思うのかもしれないけれど
優秀な兄たちと比べて未熟な点が目立つ私は、まだまだ大人になることは出来ない。
"三日月"
片側から照らされて、中途半端に見えている。
見るたびに綺麗だなと見惚れてしまうものの、中途半端という言葉がいつも頭の中を反芻してしまう。
いつもそんな自分が嫌いだったから、ずっと半端で終わらせて、また嫌になって逃げ出すの繰り返し。
同じ中途半端なくせして、美しいなんて。
羨ましい、とお門違いな嫉妬を掲げる私が、醜くて堪らない。
"色とりどり"
書道には、色がある。
使われている色は黒と白、そして印の赤色だけ
けれど、私には色がついているような気がしてならない
線の強弱による雰囲気だとか、墨の濃さが関係しているのかもしれない。
篆書 隷書 草書 行書 楷書
大きく分けるだけで五つある。
そこから更に分かれていって、独特の世界観、雰囲気が表れる。
それだから書道は面白い。
臨書という、すでにある古典を手本として忠実に書く学習方法がある。
古典は勿論ひとつしかない。
けれど、臨書する人によってその古典の解釈が異なり、更にまた色が生まれる。
人の臨書を見て、このように解釈したのかという色を学んで、また違う色を生み出していく。
ただの白と黒じゃない。奥ゆかしくて面白い。
私が普段臨書しているのは傅山(ふざん)と言います。
顕著に現れる線の強弱が生き生きとした書風で特徴的な古典です。
とっても可愛くてかっこいいので大好きな古典なんです!!
私もまだまだ未熟者。古典の色を学び、理解できるようにこれからも精進して参ります。