『三日月』
しんと静まり返った真夜中。
街灯の届かない路地裏を黒猫が歩いていました。
黒猫の目的は、今夜の特別な獲物。
空に浮かぶ、鋭く研がれた爪のような黄金の三日月。
黒猫は古い時計塔の屋根まで一気に駆け上がると、月に向かって前足を伸ばしました。
不思議なことに、彼が空を引っ掻くたびに、夜の帳がわずかに揺らぎます。
シャッシャッ、ゆらゆら。
シャッシャッ、ゆらゆら。
次第に街へと降りてきた夜の帳。
黒猫は三日月の端を器用に咥え、まるで重力から解放されたように、夜空の海へとふわりと浮き上がりました。
そして月を揺りかごにして、都会の喧騒を見下ろしながら静かに目を閉じました。
翌朝、人々は何も気づきませんでした。
けれど、夜になればきっと誰かが不思議に思うでしょう。
なぜ昨日まであんなに尖っていた三日月が、今夜は少しだけ猫の背中のように丸みを帯びているのかと。
『色とりどり』
海に行くのは、夏ばかりではない。
冬の海というと、つい日本海を思い浮かべてしまうけれど、太平洋側の海は意外にも明るいのだ。
コンクリートよりも温かみのある砂浜。
寄せては返す波に乗って流れ着いた漂着物。
夏のギラついた日差しの下では眩しくて直視できないが、冬の弱い陽光に控えめに反射する色とりどりの光がある。
海に漂着するシーグラス。
ガラス瓶や漁に使われる道具などが割れて砕け、波や砂に長年洗われて角が取れ、表面がすりガラス状になったもの。
「人魚の涙」とか「浜辺の宝石」なんて呼ばれたりもする。
青、緑、水色、白、透明、琥珀のような茶色……
これは一体いつ頃の、どこの、誰の、どんな物がこんな風になったのだろうと、見つけるたびに考えてしまう。
『雪』
雪の描写は、儚さや美しさを謳うものが多い気がする。
はらはら、ひらひら。
舞い落ちる、降り積もる。
羽のように、花びらのように。
実際は、重たくて、冷たくて、相手をするのに体力がいるけど、適度に降っている時は確かに美しい。
そう、適度になら。
雪崩、吹雪、ホワイトアウト。
雪は怖くもある。
人は、美しくて怖いものに惹かれるよね。
『冬晴れ』
年末年始の空には独特な雰囲気がある。
晩秋の小春日和のような暖かさはなく、日差しはあるのに風が冷たく頬に当たる。
温もりと冷えを同時に体感する。
これって何かに似ているな。
まるで、そう――露天風呂に浸かっている感じ。
ちょっとのぼせるところも似ている。
『日の出』
この時期に「日の出」と言われたら、初日の出を連想するのだろうけれど、なぜか真っ先に思い浮かんだのはラジオ体操の歌詞だった。
「新しい朝が来た」から始まるアレだ。
曲のタイトルもそのまま『新しい朝が来た』らしい。
溌剌とした歌声に明るい曲調。
子供の頃に刷り込まれた一連の動きは、大人になった今も体に染みついている。
他国の知人にラジオ体操を披露した知り合いが、やたらと珍しがられストレッチとして実にいいと褒められたそうだ。
正月休みで鈍った体を無理なく動かすのにも丁度いい。
そーれ、一、二、三!