『落ち葉の道』
カサカサと軽く乾燥した音を響かせて歩く道は、晩秋の肌寒さも相まって人が少なく静かだ。
子供の頃、落ち葉降る公園でカサカサ鳴る葉っぱを蹴散らして駆け回るのが好きだった。
大人になった今ではさすがにそんなことはしないが、代わりに飼い犬を遊ばせている。
清掃係の人が箒で掃き集めたものだろうか。
落ち葉がこんもりと一箇所に堆く盛り上げられているところに、うちの犬は突っ込んで行く。
頭からズボンッ、ガザガサガサ。
夢中で枯れ葉に埋もれて暴れまわる。
きっと犬としての狩猟本能が刺激されるんだろうなぁ。
『君が隠した鍵』
うちの犬は悪戯っ子で、小物の類をしょっしゅう隠す。
そして本能なのか、隠したものは十中八九庭の土に埋められている。
しかし詰めが甘いというか、杜撰というか。
申し訳程度に土を被せてあるだけなので、すぐに見つかる。
ある日、家の鍵が見当たらないので、これはまたやられたなと庭に回ると、案の定、庭の隅の土が小さくこんもりと盛り上がっているではないか。
しょうがないなぁもう、と呟きながら土を掻き分けると、やはりそこに鍵はあった。
少々都合の悪いことに、数日前に埋めた夫の指まで土の隙間から覗いていたので、キレイに痕跡を消してから、今回ばかりはお説教しないとな、と立ち上がった。
『手放した時間』
ひとりで生きていこうと決めたことに、後悔はない。
できれば、誰かと寄り添い支え合う未来を望んでいたが、これまで出会った人は皆、私の犠牲と献身を当たり前のものと考えるタイプだった。
相手に合わせることを当たり前とされて、私の気持ちは蔑ろ。
一度や二度の話じゃない。毎回毎回。
それなら、もういいや、と。
無自覚に、傲慢に、傷つけられるのは、もうたくさん。
投げやりだと知人に言われたが、あなたに私の何がわかるのかと、心の中で吐き捨てて、私はひとりで生きると決めた。
女を捨てただの、子供のいる幸せを捨てただの、周りからいろいろ言われる。
うるせー!
赤の他人がゴチャゴチャ言うな!
手放したんじゃない。
私は手に入れたのだ。
私を大切にする時間を。
『紅の記憶』
子供のころ、母が化粧をする姿を見るのが好きだった。
といっても、普段は素顔で、どこかへ出かける時にだけ、あっさりとした薄化粧をする程度だったが。
コンパクトに入ったパウダーファンデーションをパタパタとはたき、眉や目元には何も塗らず、歯ブラシよりももっと小さなブラシで毛を軽く整え、最後の仕上げに口紅を塗る。
紅筆を使って唇の輪郭をキレイに描き、最後にティッシュを軽く上唇と下唇で挟んで、ンパンパ。
決して派手な色ではなく、唇の元の色より一段明るいくらいのものだったが、紅を差した母の顔は、普段と違って人形めいて見えたものだ。
『夢の断片』
夢のカケラが流れ着く場所では、それが結晶化し、無数の光る断片となって堆積していた。
それは誰かの「こうありたい」という願いの残骸。
あるものはキラキラと輝き、あるものは暗く重たく、鈍い光さえ持たずに澱んでいる。
私たちはその浜辺を歩き、自分のものではないカケラを拾い集める。
そして夜が来る前に、それらを再び海に投げ返すのだ。
そうすることで、夢は再生される。
ただひとつ、注意しなくてはならない。
ここでは他人の夢を受け入れた瞬間に、自分の夢が色褪せてしまうのだ。
だから私たちは投げ返すだけ。
誰かの夢は誰かのもの。
私の夢は私のもの。