『冬支度』
小さな幼木の前にしゃがみ込み、まだ華奢な幹をそっと撫でる。
私は守り人としてこの数週間、せっせと森を巡っていた。
魔女の祖母から教わった「温もりを蓄える呪文」を、どんぐりや松ぼっくり、そして森の木々に吹き込むのだ。
もうすぐ雪が降り始める。
この森の生き物にとって、冬支度はたぶん今日で終わり。
幼木に最後の呪文を唱え終えた私が立ち上がると、空から一片、また一片と大きな雪が舞い落ちてきた。
もう「温もりを蓄える呪文」は森の奥まで全部済ませた。
食料は地下貯蔵庫に蓄えたし、薬草は乾燥棚に掛けてある。窓には防寒の布も張り付けた。あとは小屋に戻って、薪を積むだけ。
冬に閉ざされた森は、静かになる。
寒さに耐えるには、暖かい暖炉と腹を満たすスープ、そして凍えない心が必要だ。
もちろん、大量の本も。
さあ、いよいよ長い季節の始まりだ。
『キンモクセイ』
街に金木犀の香りが漂うのを、実は密かに楽しみにしている。
朝、窓を開けた瞬間に入り込む香り。
この時期は部屋の芳香剤もいらないくらいだ。
私の住んでいるアパートの敷地には、ぐるりと囲むように様々な花木が植えられている。
春の沈丁花、夏の梔子、秋の金木犀、冬の蝋梅。四季それぞれに芳香が漂う。
草花も、バラ、ライラック、ジャスミン、アベリア、スイカズラ。
大家さんは、よほど花が好きなのだろう。
ある日、草花の手入れをしている大家さんにそう声をかけたことがある。
「ええ、花は好きですよ。特に匂いの強い花はね。だっていろいろと誤魔化してくれるでしょう?
ああ、そういえばあなたのお隣さん、急に田舎に帰ることになったんですって。今までうるさくしてすまなかったって、言ってたわぁ。ちょっと困った人だったものね。これでもう、みなさんからクレームが出ることもなくなって私も一安心。家賃も滞納していたし、スッキリしたわぁ。
ああ、そこ、そこは踏まないでね。昨夜埋めたばかりだから、まだ土が落ち着いてなくって。そこにも何か植えなくちゃねぇ。今度は何がいいかしら? やっぱり良い香りのお花よね。すぐに臭ってくるんですもの。腐臭っていやね」
『消えた星図』
三つ星が奇麗に並んでいるのがオリオン座。
七つの星が柄杓のように並んでいるのが北斗七星。
おおぐま座とも言うよね。
そのすぐ近くにある、それより小さい柄杓の形をしたやつが、こぐま座。
尻尾の部分にあるのがポラリス(北極星)
そんな風に夜空を眺めるのが好きだった。
今でも好きだけど、もう子供の頃のようにいろんな形の星座を見つけることができない。
視力落ちたなぁ。
『一輪のコスモス』
このお題を見て、むかし国語の教科書に載っていた話を思い出した。
戦時中、まだ食べ盛り育ち盛りの幼い女の子が覚えた、数少ない言葉のうちのひとつ。
「ひとつだけちょうだい」
物が不足している中で、お腹いっぱい食べさせてあげられないお父さんとお母さんは、その言葉を言われるといつも自分たちのお皿から女の子に食べ物を分けてあげていた。
そんなある日、とうとうお父さんにも召集令状が届き、出征することになった。
見送りに来た列車のホームで、お母さんはなんとかかき集めた米で作ったおにぎりをお父さんに渡す。
するとそれを見た女の子は、いつものように「ひとつだけちょうだい」と言いだした。
ひとつもらって、美味しくてまだ食べたいと「ひとつだけ」「ひとつだけ」と女の子はぐずりだす。
お父さんは、自分の分はいいから全部おやりよとお母さんに言うけれど、実は見送りにくるまでの間に同じようにぐずるたびにおにぎりをあげていたので、もう残りはなかった。
泣き止まない女の子に、お父さんは道端に咲いていた一輪のコスモスを差し出した。
「ひとつだけあげよう。ひとつだけのお花、大事にするんだよ」と言って。
そしてそのままお父さんは出征していった。
そういうお話。それがやけに胸に残って、今でもコスモスを見かけると思い出す。
『秋恋』
秋に恋するものといえば、なんといっても栗!
子供の頃から栗が好きで、スーパーでネットに入った生栗が売り出されると、真っ先に買ってしまう。
茹でた栗を半分に切り、スプーンで食べるのが一番好き。
何も足さず、栗そのままを味わいたい。
それから栗味のスイーツ。
モンブランに、チョコに、ケーキに、この時期はいろんな栗味のお菓子が出るのでうれしい。
かと思うと、なぜか栗ご飯には食指が動かない。
自分でも不思議。
子供の頃、近所の鬱蒼とした場所に落ちていた栗を拾って歩いたことがある。
勝率三割くらいで、ほとんどが虫食いだったなぁ。