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『キンモクセイ』

街に金木犀の香りが漂うのを、実は密かに楽しみにしている。
朝、窓を開けた瞬間に入り込む香り。
この時期は部屋の芳香剤もいらないくらいだ。

私の住んでいるアパートの敷地には、ぐるりと囲むように様々な花木が植えられている。
春の沈丁花、夏の梔子、秋の金木犀、冬の蝋梅。四季それぞれに芳香が漂う。
草花も、バラ、ライラック、ジャスミン、アベリア、スイカズラ。

大家さんは、よほど花が好きなのだろう。
ある日、草花の手入れをしている大家さんにそう声をかけたことがある。

「ええ、花は好きですよ。特に匂いの強い花はね。だっていろいろと誤魔化してくれるでしょう?
 ああ、そういえばあなたのお隣さん、急に田舎に帰ることになったんですって。今までうるさくしてすまなかったって、言ってたわぁ。ちょっと困った人だったものね。これでもう、みなさんからクレームが出ることもなくなって私も一安心。家賃も滞納していたし、スッキリしたわぁ。
 ああ、そこ、そこは踏まないでね。昨夜埋めたばかりだから、まだ土が落ち着いてなくって。そこにも何か植えなくちゃねぇ。今度は何がいいかしら? やっぱり良い香りのお花よね。すぐに臭ってくるんですもの。腐臭っていやね」

11/6/2025, 5:14:01 AM