『燃える葉』
「山燃ゆる」という言葉がある。
真っ赤に色づいた紅葉を指して、まるで山が燃えているようだと比喩したものだ。
俳句では秋の季語にもなっている。
そう思ってモミジの葉を見てみると、形といい、色といい、まるで小さな炎のよう。
紅葉の最盛期に山に入ったら、ハラハラと落ちるモミジ葉が、無数の火の粉のように見えるのだろうか。
それはなんとも幻想的だなぁ。
『秋の訪れ』
《秋きぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる》
という短歌が好きだ。
暑い暑いと言い続け、早く秋になってほしい、早く涼しくなってくれ、と思い続けていた今年。
ここ数日の風の涼しさに、「ああ、ようやく」とほっとした心持ちになった。
吹く風に季節を感じてハッとするのは、千年昔も変わらぬらしい。
『moonlight』
ドビュッシーの『月の光』は、穏やかで静かに眠りを誘う。
ベートーヴェンの『月光』は、静かな重みをもって物思いに耽らせる。
月明かりで本を読めたら、素敵。
そう思って何度かチャレンジしたけれど、目にかかる負担が大きいのでやらなくなった。
なので専ら、雰囲気を楽しむための曲をかける。
月の光には、ピアノ曲がよく似合う。
ただ窓を開けて、月明かりを全身に浴びる月光浴は贅沢だ。
折しも、今宵は中秋の名月。
可愛らしい月見だんごを窓辺に置いて、のんびりしたいものである。
『cloudy』
空を見上げるのが好きだ。
雲の形を眺めるのも好き。
羊やら兎やら、時には竜やゴジラも。
いろんな形で見ていて飽きない。
夏なら雄々しく立ち上がるモクモクの入道雲。
秋なら刷毛ではいたような薄い筋雲。
空を横切る真っ直ぐな飛行機雲や、
雨を予感させる垂れ込めた乳房雲。
猛暑で疲弊した体には、暗く曇った空ですらありがたく感じる。
雨が続けは晴れを願い、
晴れが続けば雨を乞う。
実に勝手なものだが、一喜一憂してしまうのは、もうこれ、しょうがないよねぇ。
『既読がつかないメッセージ』
みんなの投稿を見ていたら、
他のお題の時よりも闇が濃い。
『靴紐』
靴の踵を3回鳴らすと家へ帰れるのは、『オズの魔法使い』。
美しいガラスの靴が本人確認となって王子様と結婚するのは、『シンデレラ』。
西洋では、靴は幸せを運ぶものなのだろうか。
ホテルやショップでは、まず客の足元を見て判断するとも聞く。
長らく和装で暮らしていた日本人のDNAを持つ私には、ちょっとピンとこない。
「お洒落は足元から」なんて言葉も浸透しているが、きっと根本的なところはわかっていないように思う――土足文化で裸足を忌避する肌感覚までは。
昔、駅にいた靴磨き職人のおじいさんに聞いたことがある。
「不思議とね、磨き上げた後、靴紐を結び直す瞬間にその人の余命がわかることが、稀にある」と。
その余命が当たっていたがどうかどうやって確かめるのか、なんて野暮なことは聞かなかった。
ただ「そうなんだ」と頷いただけ。
あの僅か数十センチの靴紐にそんな不思議が隠されていたとはねぇ、と。