『風を感じて』
「走っている車から手を出して、手のひらを進行走行に向けてニギニギすると、おっぱいの感触がする」
そんなしょーもないことでクラスの男子が盛り上がっていた時期があったな、中学生くらいの頃に。
あれはいったいいつ、どこで、誰から始まった話だったのだろう。
結構、全国区で聞く話だと思うんだけど。
同じ風を感じるなら、
《秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる》
みたいな、そういう四季の移ろいを感じたい。涼しい風が吹いてほしい。もう立秋も過ぎたことだし。ね?
『心の羅針盤』
自分の方向性を決める確固たる軸を持っている人を、羨ましく思う。
私はどうにも揉め事や荒事が苦手で、それを避けるために自分を曲げたり抑えたりしてしまうのだ。
そしていつまでもくよくよする。
昔から、何度も人に言われた。
「そんなんじゃ、この世の中生きていけないよ」と。
そうだろうなと思う一方で、こうも思うのだ。
強い人だけが生き残れる世界とは、どんなところだろう。
それは、どこに向かっているのだろう。
『泡になりたい』
暑くて溶けそう。
そのまま泡になっちゃったりして。
なるなら、炭酸の泡がいいな。
シュワシュワしてて、なんだか気持ちよさそう。
クリームソーダとか、ジンジャエールとか。
そうそう、ビールの泡もいいね。
屋外でも室内でも、みんなに「乾杯!」って楽しそうに飲んでもらえる。
昔、絵本で見た蟹の口から出る泡も可愛い。
ブクブク、ブクブク。
シャボンの泡も爽やかだ。
フワフワホワホワ。たまに空に飛んでいける。
他にもいろいろあるよね、泡。
意外と奥が深いな、泡。
『タイミング』
ここ数日、どうにもタイミングが合わなくて、文章を投稿しそびれてしまった。
――と、いう話を書こうと思ったところで、防災無線が鳴った。
《津波警報が発令されています。
ただちに沿岸や河川から離れ、高台へ避難しましょう》
電車待ちをしているところだった。
その電車も運転見合わせになり、バスを乗り継いで帰ることにした。
暑い中、家に辿り着いたところで、また防災無線が鳴った。
先に開設されていた避難所の他に、追加で避難所として開放された場所の案内だった。
うちは海から少し離れているとはいえ、完全に安全かと言われると断言できない。
100パーセントの安全などないのだ。
悩んでいると、外でご近所さんがアワアワしていた。
毎朝挨拶を交わす一人暮らしのおばあちゃんだ。
このタイミングでおばあちゃんに会うとは、きっと避難所へ連れて行けという何かの啓示だろうと、一番近くの公民館へ連れて行った。
そこで数時間過ごし、さっき帰宅した。
時計を見たら、ギリギリこの文章を投稿できる時間だ。
これもまたタイミング。
『またいつか』
この言葉を出して別れた時点で、“また”なんて来ないと今では思うようにしている。
相手が連絡してくれるのを待つだけの言葉だと、身に沁みたから。
どうしても会いたい人なら、自分から連絡するだろう。
自分からは積極的に動かない、けれど相手が連絡してきたら会ってもいい。
それくらいの距離感。
相手も、私も。
さよならほど潔くはなく、曖昧で優しくて狡い別れの言葉だ。
『星を追いかけて』
星新一。
言わずとしれたショートショートの神様だ。
奇抜なアイディア、意表を突く展開、多くの作品に散りばめられたユーモアとブラックさ、透徹した人間観察、たまに見せるゾクッとするほどのシリアスな一面。
小学生から中学生に上がる辺りで、私は彼の作品群に夢中になった。
新潮文庫で出版されたものを中心に、お小遣いの許す限り買い漁った。
大人になっても読み返すだろうし、なにより手元に置いていつでも読めるようにしたかった。
実際、こうして何十年経った今でも、私の本棚に彼の著作は鎮座している。
ボッコちゃん、殺し屋ですわよ、おーい でてこーい、生活維持省、不眠症、妄想銀行、霧の星で、狂的体質、マイ国家、妖精配給会社、鍵、処刑、殉教、セキストラ、人形、ゆきとどいた生活、午後の恐竜……
私は、未だに彼を追いかけている。