『今を生きる』
昔見た映画に『いまを生きる』という邦題のものがあった。
原題は『Dead Poets Society(死せる詩人の会)』。
ロビン・ウィリアムズ演じるキーティング先生と生徒たちとの物語だ。
映画の中でキーティング先生が生徒たちにある言葉を教える。
「Carpe Diem(カーペ・ディエム)」
ラテン語で、今を大切にし自分らしく生きろという意味らしい。
それが邦題に掛かっている。
――とまあ、その映画の話を続けてもいいのだけれど、気温35℃超えの今日は、なんにも考えがまとまらないのでやめておこう。
それよりも向こう一週間ずっと猛暑日だと天気予報で言っていたので、今、この夏をどう生き残るかですよ。
『special day』
今日は土曜日で土用の丑の日だそうな。
『二人だけの。』
鏡に向かって「お前は誰だ」と問い続けてはいけない、と何かで聞いたことがある。
都市伝説の類か、ゲシュタルト崩壊が起きて心理学的に何かあるのか。
後者だとして、自分を客観視するのを通り越して、自己認識が出来なくなるってことなのかな。
そんな話をしようものなら、馬鹿馬鹿しいと笑われるか変なこと言うなって怒られちゃうから、他の人には言わないでいるけど、興味はあるんだよね。
簡単にできることだけど、試してみるのはちょっと怖いし、それでなくてもメンタル弱々だから、これ以上オカシクなっても困る。
どう思う?
ちょっとだけなら試すのもアリかな?
それともやっぱりやめといたほうがいい?
ココだけの話、あなたもやってみない?
二人でさ、みんなには内緒で。
うん、そう、二人だけの。
「認知症の症状が出ていますね」
「やっぱり…… 一日中、ああして鏡に話しかけているんです」
『夏』
春はあけぼの
夏は夜
秋は夕暮れ
冬はつとめて
確かに夏は、昼間よりも夜のほうが風情を感じる。
闇の中をふわりふわりと飛び交う蛍なんて、そりゃ目を楽しませることだろう。
けどそれも、団扇一つでやり過ごせる程度の暑さなら、だ。
子供の頃は町内会で肝試しが催されたりしていたが、今なら余計な汗をかきに、わざわざ外へ出る気になれない。
そういえばその肝試しで近所の墓場まで行かされたものだが、あのときふよふよと浮いていた青白い火は…………まあ、いいか。それも夏の風物詩だ。
『風鈴の音』
その家には、南部鉄の風鈴が下がっていた。
夏も冬も関係なく、一年中軒先に吊るされて、無骨な見た目に似合わぬほどの澄んだ音を鳴らしていた。
私も近隣の住民もそれが当たり前で、うるさいだのなんだのと文句を言う人はいなかった。
台風の時だけは、けたたましく鳴る音に、紐が千切れてどこかへ飛んでいってしまうのではないかとハラハラしたが、翌朝になるとこちらの心配など素知らぬふうにまた音色を響かせているのだった。
ある日、風鈴の音がしないことに気がついた。
その頃には既に自然音のひとつとなっていたので、いつから聞こえなかったのかはっきりとしない。
ただ、回ってきた回覧板に、あの家で不幸があったことが知らされていた。
それ以降、その家は空き家となった。
他の荷物と一緒に、あの風鈴も外され持ち去られたようだった。
風鈴の音のしない夏が続いている。
たまに、チリンチリリンと澄んだ音が聴こえる気がするが、きっと幻聴だろう。