『まだ続く物語』
誰にでも、死は訪れるものでございます。
そしてそれは避けられない。
そうわかっているのに、死んだ後どうなるのかは誰も知らない。
不思議なものでございますね。
神話に描かれる死後の世界は、そんな人々の恐れや期待によって生み出されたのでございましょう。
宗教の教えによくある死後の裁きというものは、善なる生へ導かんとする知恵なのでしょうが、死後に裁くくらいなら生前悪人をとっちめて欲しいものです。その被害を受ける者がいるのですから。
天国、楽園、極楽浄土。
そこへ辿り着いたその先は、はて、いったいどうなるのでありましょうや?
そも、善人とはどこまでの者を指すのでしょうか?
日々の鬱憤や鬱屈、妬みに嫉み。
誰かを恨んだり、恨まれたり。
小さなことで一喜一憂し、己の境遇を嘆いてやさぐれるのは、善人から外れるのでしょうか?
常に前向きに、直向きに、朗らかに?
清く正しくあらねば、失楽園とあいなるのでしょうか?
おや?
それでは、今とそう変わらないのでは?
『渡り鳥』
空を群れだって飛んでいく様子を見た記憶は、あまりない。
だから、この辺りは渡り鳥の飛来地から外れているのだろうと、漠然と思っていた。
ところが検索してみると、意外にも渡り鳥が多く見られる土地らしい。
シギ、チドリ、カモメets.
ああ、水鳥はよく見るなぁ。
カモなんてそこら中の水辺にいるのが当たり前で渡り鳥として見ていなかった。
ちょっとまって。
こんなにいっぱいいて、飛んでるところを見たことがない?
いったいいつ来て、いつ渡って行ってるの?
『さらさら』
誰が私を推薦したのか知らないが、実に都合の悪いタイミングで電話がかかってきた。
部屋の壁紙を修復、あるいは張り替えてほしいと。
なぜ私がそんなことを、と思わないでもないが、きっと私を推薦した誰かは何か思うところがあったのだろう。
話を聞くだけ聞いて、その誰かを後でとっちめてやろうと出かけることにした。
電話の主の家に着き、部屋に通されて納得する。
なるほど、これは私を呼ぶしかなかったであろう。
部屋全体に染みついた血の匂いと、暗く淀んだ陰鬱な気配。
壁のシミを指差して、家主が言う。
「これなの、落ちなくて。このさらさらした手触りが気に入っていたから、部分的に何かで隠そうかとも思ったのだけれど、いっそのこと張り替えちゃったほうがいいかと思うの」
家主は、私をリフォーム業者かなにかと勘違いしているようだ。
私の名を教えた推薦者の名前を聞き出した後、少しやることがあるからとひとりになった。
有名なポオの作品のように壁の中から出てくるか、それとも床下か。
家主の女性は平気で私を招き入れたので、おそらく何も知らないのだろう。
多分、その配偶者の仕業。
さて、どういう手筈で暴露しようか。
こうして呼ばれてしまった以上、この家の住人がどんな罪に問われようと、看過する気はさらさらない。
『手放す勇気』
ああ、なんてこと……
こんなことになるくらいなら、どんな手を使ってでもあの子を手元に置くのだった。
周囲の反応も、義両親の心証も、夫の機嫌も一切無視して、私がしっかり教育し手ずから育て上げていれば。
けれど、もう遅い。
重要な賓客を招いての夜会。
可愛かった息子は醜悪な表情で、婚約者の令嬢に激しく言い募っている。
婚約破棄だのなんだのと。一国の王子が。
素早く参列者たち全員に目を走らせる。
私の横にいる夫や、その向こう側にいる賓客にも。
考えるのよ。
今や風前の灯となったあの子の命を繋ぎ、私から息子を奪って愚物に仕立て上げた者たち全てを心胆寒からしめるために。
これまでの私の功績も献身も投げうって、最善の一手を。
神様、初めて貴方に祈ります。
どうか、私に“慈愛の王妃”などという仮面をかなぐり捨て、情け容赦を手放す勇気を。
『未来への船』
私たちは皆、遺伝子を未来へと運ぶ船である。
生命活動と繁殖は切り離せないし、人間に限らず、大抵の生き物はせっせと次代を残そうとする。
親から子へ、子から孫へ。
命を繋ぐというのは、つまるところ遺伝子の引き継ぎ作業だ。
ゲノムは生命の設計図。
そこに何か意味や価値を持たせようとするのは、人間の悪い癖。
私たちはただ、揺籃のようにゆらゆらと未来へ向かって流されてゆく存在なのだ。