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3/31/2025, 9:58:36 AM

『春風とともに』

花束はどれも美しいが、春の花で作る花束は優しく可憐な感じがする。

チューリップ、スイートピー、ガーベラ、トルコキキョウ、ラナンキュラス、フリージア、菜の花。

卒業、退職、送別会、謝恩会、入学と、春は一区切りがつく季節。
今日も花束を持った人を駅のホームで見かけた。
人から貰ったものなのか、人に渡すものなのか。
うっすらと微笑んで、左手に抱えていた。

誰かを想って作られた花束には、贈る人の気持ちが籠められている。
まだ肌寒いホームには、春風とともにやわらかい芳香も漂っていた。

3/30/2025, 6:25:45 AM

『涙』

「あなたが、犯人ですね?」

確信を持って言われたその言葉に、私は返事をしなかった。

周囲の人達はみな一様に驚いた顔をしていたけれど、そんなにも私は無害に思われていたのだろうか。
何も出来ず、何も感じず、ただニコニコしているだけのお人形だとでも?

私が何も言わないことで間が持たないと思ったのか、彼は自分の推論を語り始めた。

曰く、現場には数滴の雫が落ちていた。不審に思った彼はそれを保存し解析に回した。するとそれからDNAが検出された、と。
涙は涙腺で作られる。涙腺内の毛細血管から血液を濾過して、血球を除いた液体成分が涙となるのだ。

でも、私は知っている。
涙でDNA鑑定はできない。
だからこそ、私はあの時零れ落ちた涙を拭わなかったのだ。

なぜ彼がこんな嘘をつくのかわからないけれど、他に証拠がないのなら私を逮捕することはできない。
殺人現場の涙など、なんの価値もないのだ。
私の胸の痛みなど、これまで誰も顧みなかったように。

その時、彼が痛ましそうな表情で私を見ているのに気がついた。
もしかしたら彼は、私が自首することを望んでいるのだろうか。

馬鹿な人。
私の涙を、彼だけが価値あるものだと思ってくれている。

3/29/2025, 7:01:51 AM

『小さな幸せ』

とあるスーパーの手作りプリンが好きで、見かけると買ってしまう。

ちょっと硬めで玉子の風味が強く、カラメルは甘さよりも苦味が強い。
今みたいにプルプルとろりのやわらかプリンがまだ無い頃の、玉子と牛乳を感じる味だ。

今日も仕事帰りにスーパーに寄る。
野菜、肉、鮮魚コーナーを見た後にお惣菜を覗き、プリンの置いてあるところへ。

あったあった。
売り切れずに2個残っている。
え、半額シールが!やったー!
今日はいい日だ。

3/28/2025, 6:38:04 AM

『春爛漫』

この暑さはなんなのか。

まだ3月だというのに、あまりに汗をかくので半袖に着替えた。
九州では30℃を超えているところもあると、テレビで気象予報士が言っていた。

今日だけではない。ここ数日だ。
もう一度言う。まだ3月だというのに……
やがて訪れる夏の盛りを思うとげんなりする。

いや、それよりも。
春は、どこへ行った?
春爛漫、程よい気候だ桜が綺麗、なんてのどかな春はどこへ?
帰ってこーい。

3/27/2025, 9:59:04 AM

『七色』

❝初めてその人を見た時、全身が七色に光って見えた。

誇張や比喩ではなく、本当にそう見えたのだ。
別に私は、音や言葉に色彩を感じる共感覚の持ち主ではない。

他の人達は普通に光りもせず、色もついていない。
なのにその人だけ、浮かび上がるように七色なのだ。

いつもの私なら、不思議なこともあるものだとそのまま素通りしたと思う。
けれどその時は、その不思議な人を追いかけてみようと思ってしまった。

今ならきっと、そんなことはしない。

追いかけ、観察した結果、私は引き返せないところまできてしまった。
全身が七色のその人の、顔だけが見えないことにもっと注意を払うべきだった。

過去の私に言ってやりたい。
好奇心は猫を殺すのだと。❞


――部屋に残された手記はここで途切れている。

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