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『涙』

「あなたが、犯人ですね?」

確信を持って言われたその言葉に、私は返事をしなかった。

周囲の人達はみな一様に驚いた顔をしていたけれど、そんなにも私は無害に思われていたのだろうか。
何も出来ず、何も感じず、ただニコニコしているだけのお人形だとでも?

私が何も言わないことで間が持たないと思ったのか、彼は自分の推論を語り始めた。

曰く、現場には数滴の雫が落ちていた。不審に思った彼はそれを保存し解析に回した。するとそれからDNAが検出された、と。
涙は涙腺で作られる。涙腺内の毛細血管から血液を濾過して、血球を除いた液体成分が涙となるのだ。

でも、私は知っている。
涙でDNA鑑定はできない。
だからこそ、私はあの時零れ落ちた涙を拭わなかったのだ。

なぜ彼がこんな嘘をつくのかわからないけれど、他に証拠がないのなら私を逮捕することはできない。
殺人現場の涙など、なんの価値もないのだ。
私の胸の痛みなど、これまで誰も顧みなかったように。

その時、彼が痛ましそうな表情で私を見ているのに気がついた。
もしかしたら彼は、私が自首することを望んでいるのだろうか。

馬鹿な人。
私の涙を、彼だけが価値あるものだと思ってくれている。

3/30/2025, 6:25:45 AM