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3/4/2025, 8:40:47 AM

『ひらり』

君がそこに駆けつけたとき、血だらけの死体を前に茫然としているその人がいた。

唇を真一文字に引き結び、瞬きもせず、瞳孔が開いた目を君へ向けた。

「殺してしまった」

ぽつりと零された言葉に君の頭は回転を始め、すぐさまそこで何が起こったのかを理解した。

見つめ合っているのに、焦点が重なり合わない。
青ざめてはいるが、後悔の念は見受けられない。
動転も自失もしていない。

君は何度も忠告していた。
妻がありながら他の女に手を出すような男はろくな奴ではない、きっとそのうち大変なことになる、と。
それに返ってくるのは、曖昧な笑みだけだったが。

君は深く息を吐き、ぐるりと周囲を見回した。
この現場をよく記憶しておかなければ。

再び見つめ合うと、今度は確かに視線があった。
すると二人の間にひらり、と1枚の花弁が舞った。
まるでスローモーションのようにゆっくりと、ひらり、ひらり。

君には三つの選択肢があったが、その花弁が死体の頭に落ちたとき、他の二つの選択肢を捨てた。

この後の行動は、君の口から聞かせてほしい。

3/3/2025, 7:15:01 AM

『誰かしら?』

月桂樹の花の花言葉は「裏切り」。

それを知ったのは、学生時代に短期のアルバイトで花屋を手伝ったことがあるからだ。
「月桂樹の花言葉は『栄光』や『勝利』なのに、葉や花の花言葉はちょっと怖いんだよ」と言われて驚いた。

月桂樹の冠はオリンピックやスポーツの世界大会などでたまに目にする。
けれど、その花が黄色く爽やかな風情なのはあまり知られていないのではなかろうか。

爽やかな見た目と裏腹な花言葉。
花屋のアルバイトから何年経っても、それが頭に残っていた。

社会人になり仕事にもようやく慣れた頃、ある男性と深い仲になった。
入社当時に仕事を教えてくれた先輩だ。私はすぐにのぼせ上がったが、彼には既に妻がいた。
別れてくれるかも、などという愚かな希望を持っていたのは最初の2年ほど。

今ではそんなことは起こらないと分かっている。
ただ、このまま黙って身を引くのが癪に障るだけだ。

だから、毎日そっと彼の家に花を届ける。
月桂樹の花を一枝だけ。
毎日毎日、一枝だけ。

彼の妻がこの花言葉に気づくかどうかはわからない。
ただの不審物扱いをされてもいい。
一滴ずつ垂らす毒薬のようなものだから。

物陰から様子を窺っていると、玄関が開く音がした。
彼の妻が、今日も置かれた月桂樹の花を見つける。

「またあるわ。薄気味悪い。一体、誰なのかしら?」

3/2/2025, 9:35:17 AM

『芽吹きのとき』

花粉に悩まされる時期は、芽吹きのとき。

涙で目の周りが熱を持っても、鼻水でぐしゃぐしゃなのに鼻が詰まって息苦しい理不尽さも、これらはすべて春の訪れの余波なのだ。

春は好き。植物が淡い色合いに彩られるから。
この季節を恨みがましい気持ちで迎えたくなくて、今日も花粉症の薬を飲む。

2/28/2025, 9:29:04 AM

『cute!』

一目見て心を撃ち抜かれるような可愛らしさと、最初は「なんだこれ……キモ…」と思っていたのに、慣れなのかなんなのかジワジワ可愛く思えてくるものとある。

ミャクミャク様は完全に後者だ。

2/26/2025, 1:20:52 PM

『記録』

“ さぁ冒険だ!”
そんな言葉から、その手記は始まっていた。
前途洋々と、希望に満ちた言葉がその後も続く。

だがしかし、読み進めるに従って次第に翳りが見え始め、どんどん雲行きが怪しくなっていった。

“どういうことだ?”
“なんで?どうして?!”
“聞いてない、こんなの聞いてない”
“嘘だ…そんな……”
“騙された。全部嘘だった”
“帰りたい……帰してくれ!”
“……許さない……絶対に許さない”

頁を閉じて深呼吸をする。
ここは国の最上層部の者しか入れない場所。
似たような書物は、この厳重に秘された書庫に何冊もある。

これは、この国に召喚された勇者の記録だ。

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