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『誰かしら?』

月桂樹の花の花言葉は「裏切り」。

それを知ったのは、学生時代に短期のアルバイトで花屋を手伝ったことがあるからだ。
「月桂樹の花言葉は『栄光』や『勝利』なのに、葉や花の花言葉はちょっと怖いんだよ」と言われて驚いた。

月桂樹の冠はオリンピックやスポーツの世界大会などでたまに目にする。
けれど、その花が黄色く爽やかな風情なのはあまり知られていないのではなかろうか。

爽やかな見た目と裏腹な花言葉。
花屋のアルバイトから何年経っても、それが頭に残っていた。

社会人になり仕事にもようやく慣れた頃、ある男性と深い仲になった。
入社当時に仕事を教えてくれた先輩だ。私はすぐにのぼせ上がったが、彼には既に妻がいた。
別れてくれるかも、などという愚かな希望を持っていたのは最初の2年ほど。

今ではそんなことは起こらないと分かっている。
ただ、このまま黙って身を引くのが癪に障るだけだ。

だから、毎日そっと彼の家に花を届ける。
月桂樹の花を一枝だけ。
毎日毎日、一枝だけ。

彼の妻がこの花言葉に気づくかどうかはわからない。
ただの不審物扱いをされてもいい。
一滴ずつ垂らす毒薬のようなものだから。

物陰から様子を窺っていると、玄関が開く音がした。
彼の妻が、今日も置かれた月桂樹の花を見つける。

「またあるわ。薄気味悪い。一体、誰なのかしら?」

3/3/2025, 7:15:01 AM