『cute!』
一目見て心を撃ち抜かれるような可愛らしさと、最初は「なんだこれ……キモ…」と思っていたのに、慣れなのかなんなのかジワジワ可愛く思えてくるものとある。
ミャクミャク様は完全に後者だ。
『記録』
“ さぁ冒険だ!”
そんな言葉から、その手記は始まっていた。
前途洋々と、希望に満ちた言葉がその後も続く。
だがしかし、読み進めるに従って次第に翳りが見え始め、どんどん雲行きが怪しくなっていった。
“どういうことだ?”
“なんで?どうして?!”
“聞いてない、こんなの聞いてない”
“嘘だ…そんな……”
“騙された。全部嘘だった”
“帰りたい……帰してくれ!”
“……許さない……絶対に許さない”
頁を閉じて深呼吸をする。
ここは国の最上層部の者しか入れない場所。
似たような書物は、この厳重に秘された書庫に何冊もある。
これは、この国に召喚された勇者の記録だ。
『一輪の花』
よく、病院に行く度に思うことがある。
私の言うことが、医師や看護師に正確に届いていない、と。
痛みや苦しみをなんとか伝えたいのだけれど、向こうは「よくあること」として処理するか、彼らの経験則に依って「それはこうだから」と私に言い聞かせる。
それはそうなのだろうけど。
どうしようもない不安や苦しさを、解ってほしいと思ってしまうのだ。
でもそれを彼らに期待するのは、少し違うのかもしれない。カウンセラーとか、そういう職業の人は別にいるのだから。
帰りのバスが来るまで、病院の中庭でベンチに腰掛ける。
入院患者の無聊を慰めるためか、やさしい色合いの可憐な花々が咲いていた。
それを少し眺めた後、立ち上がって院外へと歩く。
バス停のある石畳の間から、ひょろりと頼りなさげな白い花が一輪咲いていた。
中庭の花々とは比べものにならない、ちっぽけで目立たない地味な花。
誰にも気づかれずに踏まれてしまうかもしれない花。
バスが来るまでのあいだ、目が離せずにじっと見つめ続けていた。
『魔法』
寒かったので、ホットカフェオレとフォンダンショコラを頼んだ。
シンプルな白い皿の上に盛り付けられたチョコレートケーキ。
上にはバニラアイスがちょこんと乗っていて、脇に添えられた小さな容器には、赤みの濃いラズベリーソースが入っている。
そのカフェは、私たちの間で密かに「魔法のお店」と呼ばれていた。
ここでお茶をすると、どんなに疲れていても元気になったし、嫌なことがあっても気分が前向きになるのだ。
フォークを刺すと、中からとろりとチョコレートソースが流れ出し、途端に濃厚な甘い香りが広がった。
まずはそのまま。
美味しい。チョコレートの深い味わいに、思わず目を瞑る。
次はバニラアイスと一緒に。
バニラとチョコが混ざり合って、さっきよりもやさしい味になる。
その後フランボワーズソースをかけて。
鮮やかな赤いと黒みの強いチョコレート生地が、くっきりとしたコントラスト。濃厚なチョコにラズベリーの酸味が爽やかだ。
ほう、と息をついてカフェオレに口をつける。
ああ、至福。
美味しいものは、人間が生み出す最高の魔法である。
『君と見た虹』
昔、うちにプリズムがあった。
未だにプリズムの使い道はよくわからないけど、当時子供だった私はそれを「虹の三角」と呼んでいた。
近所に住む仲良しのKちゃんが遊びに来た時には、決まってそれを持ち出し、ベランダ脇の大きなガラス窓の下に寝そべって、プリズムが生み出すささやかで小さな虹を飽くことなく眺めていた。
ある日、Kちゃんが寝そべりながらつまらなそうに言った。
「うち、引っ越すんだって」
その時自分がなんと答えたのかは、覚えていない。
ただ、その日以降プリズムを眺めた記憶がないから、もしかしたらKちゃんにあげてしまったのかもしれない。
あの小さな虹は、今もKちゃんの手元にあるだろうか。