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12/23/2024, 9:31:34 AM

『ゆずの香り』

師走になると行事が増える。
冬至にゆず湯に入るのも、そのひとつ。

年が明けたら歳神様がやってくる。
その前に大掃除して穢れを落とす。
もちろん、人の身体も綺麗にしなくてはならない。
湯にゆずを入れるのは、あの爽やかな強い香りが邪気を祓うと考えられていたかららしい。

1月7日は七草、3月3日は桃、5月5日は菖蒲、7月7日は竹や笹、9月9日は菊。
節目となる節句には、いつも邪気を祓う植物が添えられる。

冬至は節句じゃないけど、時期的に年を越える前で禊にちょうどよかったのだろう。
昔は、お風呂に入るのも贅沢なことだったから。

ゆずの香りの入浴剤を手に、そんなことを考える。
スーパーで生の柚子を買ってはきたが、誘惑に負けて蜂蜜漬けにしてしまった。
邪気は祓えても、食欲という煩悩は祓えないようだ。

12/21/2024, 5:55:54 AM

『ベルの音』

チリリン、と鳴らされたベルの音に考える間もなく体が反応する。
奥様は、待たされるのを殊の外嫌うのだ。
ましてやそれが、お客様をお迎えする日となれば尚更。

このお屋敷でのおもてなしは、いつも盛大に行われる。
昼食会も晩餐会も頻繁で、日常と化しているほどだ。
それは即ち、この家が国にとって重要であるということの証明でもある。

私の役目は、奥様が見苦しくない格好で――洗練されつつも相手より華美にならぬよう――時間通りにお客様をお迎えできるようにすること。

だからといって日常の業務が免除されるわけもなく。
私を含め、この屋敷の者たちは皆、軍事教練さながらの様相で如何に効率よく動くか、頭の中で次の作業を考えている。

それを中断するのが、奥様のベルの音だ。
何かを持ってくるように言われたり、用事や言づけを頼まれたり。時には会場の飾り付けをやり直すよう言われることもある。

奥様は決して我儘や傲慢ではない。
より良くお客様をおもてなしできることを優先されるだけ。
私たちは己が矜持において、それをこなすのだ。

チリリン、ともう一度ベルの音がした。

さあ、何を言われるのだろう。
どんな要求でも叶えてみせましょう。

12/20/2024, 5:27:07 AM

『寂しさ』

さびしさは鳴る――という書き出しから始まる小説があったっけ。
溢れるみずみずしさに、なんとも詩的で青いなと思ったものだった。

私にとって寂しさとは、もっと仄暗くてカサついている。

なにかを求めても得られず、誰かを求めても寄り添えず。諦観を飲み込んだ先に、それはある。

咳をしても一人、と言った放哉の句の方が近しい。

愛や憎しみが人を狂わせるのはよく知られているが、寂しさもまた人を壊す。

冷えて乾いた心の薄皮がパリパリと剥がれ落ちてゆく音を、聞いたことはないだろうか。

12/18/2024, 2:11:14 AM

『とりとめもない話』

どうも、今年の町内会班長の当番の者です。
お久しぶりですわね。夏にお庭に埋めてらしたアレのことでちょっと伺って以来かしら?

あの件はすぐに対処して頂けたみたいで、ほっと致しましたわ。ええ、お隣のSさんともね、話せば分かってくださる方でよかったって、こちらへ来る前に話してたんですよ。
時々ね、逆上される方もいらっしゃるから。

少し前にね、可燃物の日にゴミで出した人がいて、困りましたわぁ。幸いすぐに他の方が気づいて、こちらで処分しましたの。本当にもう、行政機関に知れたら大変なのにねぇ。

あら、いいんですのよ。こういうことはお互いさまですからね。
こちらとしても、事が明るみに出て警察やら報道機関なんかが出てくると、煩わしいでしょう?
なにより、ペナルティが科せられるのはなんとしてでも回避しないと……

ああ、いえ。そうそう、今日は町内会費を集めに来たんでした。イヤね私ったら、すぐ話が逸れてしまって。

……はい、確かに頂きました。と、こちらが領収書ね。
そうねぇ、痛い出費ですわね。他所の相場がお幾らなのか知りませんけど。でもまぁ、これで町内の平穏が保たれるなら安いものじゃないかしら。

あ、それと、お独りで暮らしてると伺ってましたけど、同居人の方が増えたのかしら? だとしたら、ご近所さんにも周知しないと。うっかり不審者通報してしまうといけませんからね。

え? 独り暮らしのまま?
あら、じゃあさっきからあなたの後ろを何度も横切ってらっしゃる方は?

ああ、なるほど。そんなに青い顔をなさらないで。そうですわね、お庭から床下に埋め直したんですものね。それなら家の外には出ないでしょうから、放っておいてもいいんじゃないかしら。

まあ、いざとなったら、ご近所トラブル処理係の方にお願いできますから。そのための町内会費ですもの。

あらいやだ! またとりとめもない話で長居してしまったわ。
それではこれで。ごきげんよう。

12/17/2024, 4:53:02 AM

『風邪』

コポコポと音を立ててケトルから湯気が立ち上る。
湿気で曇った窓ガラスの外は、夜でもわかるほど重く垂れ込めた雲で覆われている。
私が住む地域はめったに雪が降らない。

雪と聞いて思い浮かべる景色は、実際には見たことのないものだ。
三好達治の詩の風景。
ぽつりぽつりと建つ和風家屋。
静かにしんしんと降り積む雪。

咳が出たので、またベッドへと戻る。

“風”に運ばれてきた“邪気”を体に引き込んで体調を崩すから、「風邪をひく」と言うとかなんとか。

ぼんやりと、いつもより回らない頭でそんなことを思い出す。

小さい頃は、親が林檎をすりおろしてくれたっけ。
プリンにゼリー。
くたくたに煮たうどんや玉子の入ったおじやもあったなぁ。

思い出すのが食べ物ばかりなのは仕方がない。
私にとって、「風邪をひく=寝込む」なのだ。

風邪をひいたとき限定のやさしい味を、懐かしく想う。

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