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10/1/2024, 9:59:38 AM

『きっと明日も』

与党の新しい総裁が決まった。
マスコミは連日報道し、表面上は随分と賑やかだが、一週間も経たないうちにみんなの興味は薄れるだろう。
もとより、心から関心を持っている人がどれだけいるのかも怪しい。

国民の関心事は今、別のところにあるのだから。

毎日届く1枚の葉書。
その日、その人に起こる出来事が詳細に書かれていて、全ての国民に送られてくる。
一般市民であろうと、国会議員であろうと、関係ない。
どこから送られてくるのかもわからない。

噂によると、その通りに行動しないと、大変なことが起こるらしい。

テレビの中では、新総裁の記者会見が行われている。
あの人にも葉書は届いているのだろう。

私にも、あなたにも、きっと明日も。

9/30/2024, 9:34:44 AM

『静寂に包まれた部屋』

数日前から、妙な噂が広まっていた。
近いうちに世界が終わるのだとか。

核兵器によるものか、巨大な隕石によるものか、宇宙からの侵略によるものか、そのどれでもない未知の事態が起こるのかもわからない。

そのせいなのか、今日は平日にもかかわらず休みとなった。
不思議なことに、全国一斉に学校も会社も官公庁も休みである。

理由は知らされていない。

それがまた噂の信憑性を増し、人々が戦々恐々と周囲を伺っている気配がする。

外にいてもピリついた空気に疲弊するので、部屋に籠もることにした。
喧しいのでテレビはつけない。

溜まっている未読の本でも読もうかと本棚の前に移動すると、不意に窓から指す陽射しが翳った。

空に大きな、いや、空一面を覆うほどの巨大な足の裏が、ゆっくりとこちらに振り下ろされようとしている。

皆気づいているはずだが、声を上げる者は一人としていない。

私もまた、静寂に包まれた部屋の中で、ただ呆然とそれを見ていた。

9/29/2024, 7:14:56 AM

『別れ際に』

別れ際にこんなことを言うのは気が引けるけど、最後なので言わせてもらう。

ああ、いや、別れたくないとかそういう話じゃなくて。
君のその精神力に感心してる。

なんのことか解らないって顔してるね。無理もないと思う。君はまったく気づいてなかったから。

君の好きな色はなに?
君の好きな花はなに?
君の好きな曲はなに?

戸惑っているね。
昨日までは淀みなくスラスラ言えたことが、今はまるで思いつかないんだろう?

ちなみに、昨夜の電話でなにを話したか覚えている? え? 電話をした覚えがない? ああ、そうか、それも残らないようにしてたっけ。

いや、いいんだ。
これでもう、君に用はないよ。
それじゃ、サヨウナラ。

9/28/2024, 9:56:38 AM

『通り雨』

「窓の外の景色におかしなモノが見えた話はしたかしら?
 形はないけど対話ができる生き物や、巨大迷路と化したジャングルジムの話は?
 ……そう。
 それじゃきっと、夜空に瞬く星ぼしから聴こえる声の話もしてないわね」

その人は、ふぅと息をつくとティーカップに口をつけた。

「大したことは何もしていないのに、日々の雑事に取り紛れて、こうしてお話する時間がなくなるのよね」

わかる。自分のためのたっぷりとした時間なんて、そうそう取れるものじゃない。

「もっと時間がほしい。もっとお金がほしい。そんなことを言い続けて、一生を終えるのかもしれないわ」

それを寂しいと思うか、そんなものだと笑うのかは、人それぞれなのだろう。

そこへ、飛び込むように男性が駆け込んできた。入口で肩を払っているのを見るに、おそらく通り雨にでも降られたのだろう。

男性は「珈琲、ホットで」と、ひとこと言うとカウンターに座った。
そしてスマートフォンを取り出して何かの遣り取りをした後、ふと気がついたように私に触れた。

「これは、なんて言う観葉植物?」

ティーカップを置き、サイフォンで珈琲を淹れ始めたあの人が答える。

「ガジュマル。精霊が宿る木ですよ」

9/27/2024, 4:41:50 AM

『秋🍁』

秋の夜の静けさは、まるで恋の入口のよう。

きらめく夏の陽射しとは違い、気がつくとそこにあって、一歩踏み出せば深く深く堕ちてゆく。

あの人の部屋の明かりを確かめて、今夜もまた来てしまった、と小さく溜め息をつく。

人恋しくなる季節。
独り寝が長く感じられる夜。

スマートフォンを取り出して、あの人へと繋ぐ。




「もしもし? あたしメリーさん。今、あなたの家の前にいるの」

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