『通り雨』
「窓の外の景色におかしなモノが見えた話はしたかしら?
形はないけど対話ができる生き物や、巨大迷路と化したジャングルジムの話は?
……そう。
それじゃきっと、夜空に瞬く星ぼしから聴こえる声の話もしてないわね」
その人は、ふぅと息をつくとティーカップに口をつけた。
「大したことは何もしていないのに、日々の雑事に取り紛れて、こうしてお話する時間がなくなるのよね」
わかる。自分のためのたっぷりとした時間なんて、そうそう取れるものじゃない。
「もっと時間がほしい。もっとお金がほしい。そんなことを言い続けて、一生を終えるのかもしれないわ」
それを寂しいと思うか、そんなものだと笑うのかは、人それぞれなのだろう。
そこへ、飛び込むように男性が駆け込んできた。入口で肩を払っているのを見るに、おそらく通り雨にでも降られたのだろう。
男性は「珈琲、ホットで」と、ひとこと言うとカウンターに座った。
そしてスマートフォンを取り出して何かの遣り取りをした後、ふと気がついたように私に触れた。
「これは、なんて言う観葉植物?」
ティーカップを置き、サイフォンで珈琲を淹れ始めたあの人が答える。
「ガジュマル。精霊が宿る木ですよ」
9/28/2024, 9:56:38 AM