『鐘の音』
二軒先のSさんは、子供の頃からたびたび見る夢があると言う。
なんでも、何かから逃げ続け、隠れ続け、最後には断崖絶壁から飛び降りるのだとか。
掌に何かを握りしめて。
そしてその瞬間、どこからか鐘の音が鳴り響くそうな。
「何度見てもさっぱり訳が分からない」とSさんは笑う。
ふと思いついてスマホを取り出し、動画サイトを検索して、とある鐘の音を聴かせてみると、Sさんはたいそう驚いた顔をしていた。
私がそれに気づいたのは、ある島の伝説を知っていたからだ。
でも、そのことはSさんには話さなかった。
これからもずっと、ただの「訳の分からない夢」であればいいと思う。
じっと耐えても、息を潜めて祈り続けても、彼らの神は遠かったのか。
Sさんは、これからもアンジェラスの鐘の音を夢の中で聴くのだろうか。
『つまらないことでも』
どんなにつまらないことでも、毎日書き続けることが大事。
そう分かっているのに、ちょっと気を抜くとこれだ。
どれくらい気を抜いていたかというと、熱中症になって点滴打たれて帰ってきたくらいの気の抜け方。
うん、命とり。
みんなも気を付けて。
その間、いくつのお題が流れていったことだろう。
またポチポチ文字を打とう。
ところで、今年は10月になってもまで暑いって本当?
『神様が舞い降りてきて、こう言った。』
「この世界の設定温度を35℃にした。上下10℃程度は誤差の範囲内とする。随時引き上げも検討している。生き残りたければ、順応するがよい」
『花咲いて』
二軒先のSさんは、毎週花屋で五百円くらいのミニブーケを買ってくる。
聞けば、玄関に飾っているそうな。
お手頃価格だし、週替りで気分も切り替えられる。良い習慣だと思う。
庭には、品種改良された小さなヒマワリとオシロイバナも咲いている。
そちらの方は手がかからないので、伸びるに任せて自由に生えさせているのだとか。
……それはやめたほうがいいのにな。
オシロイバナは、花が終わったらさっさと抜くことをオススメしたい。
Sさんは、恐らくオシロイバナの根を見たことがないのだろう。
驚くほど地中深くに伸びる、大きくてボコボコしたあのグロテスクな根を。
もしもタイムマシンがあったなら、あんなに茂る前に戻って引っこ抜くこともできるだろうけど。
仕事帰りに話しかけられ、挨拶を返しながら横目でSさんの庭を見る。
少なくとも5年以上は経っているな。
可愛らしく花咲くその下で、どこまで根が蔓延っていることだろう。
ちょっと想像してゾッとした。
『視線の先には』
君は今、逃げている。
息を切らして、走って走って、時折り足がもつれて転びそうになるのを、なんとか立て直して、逃げている。
ひとけのない街のなか。
広い道路も、大きなビルも、時間を止めたかのようにシンとしている。
不思議なほど、誰もいない。
とうとう君は転んでしまった。
もう何時間も走り続けていたのだから仕方がない。
体力も限界だろう。
気力はなんとか持ちこたえているだろうか。
激しく肩で息をして、ゼイゼイと喉を鳴らし、ゆっくりと君は振り返る。
大きく見開かれる目。
信じられないモノを見たような表情。
わかるよ、わかる。
君の夢の中に入り込めるヤツがいるなんて思ってなかったよね。
だから好き勝手やってきたんだものね。
さあ、とくと見てくれたまえ!
君の視線の先にいる僕が、どんな姿をしているのかを。