ジャングルジム
買ったばかりのたい焼きを、公園のベンチで、ふたり並んで食べ始めた。園内では、近所の子どもたちが遊具で遊んでいる。
あれ?
なに?どうしたの?
いや、ジャングルジムってあんなに低かったっけ?うちの小学校のはもっと高かったような気がする。
そう言われれば。あれじゃない?落ちて事故が起きたら、市の責任が〜、ていうので低いのにしてあるとか。
ああ、なるほど。
よく遊んだ?ジャングルジム。
まあ、人並みに。でも。
でも?
一番上まで登ったことはなかったと思う。
どうして?怖かったの?
まあ、それもあるけど。たぶん、そういうのは興味なかったんだと思う。
そういうのって?
一番上に登るとか、一緒に遊ぶ子よりも早く登るとか。
じゃあどうやって遊んでたの?
確か……。仰向けで真っ直ぐ横に進んだ記憶がある。
なにそれ? 彼女が笑って言った。
そんな子いる?
いるさ、日本の何処かには。僕の周りにはいなかったけど。
何やってるの?って友だちに言われなかった?
言われた。でもやめなかった。それがいいって思ってたんだ。要するに、普通のが嫌だったんだ。みんなと同じのが。自分しかやらないやり方が楽しかったんだと思う。
彼女は、ニッコリ笑った。
あなたって、子供の頃から、あなたなのね。
なにそれ、成長してないってこと?もう子どもじゃないぞ。
そうじゃなくて。
まあ、いいけど。そうだ、せっかくだから、どんなふうにやったか見せてあげようか。
僕は、立ち上がって子供たちのいるジャングルジムに向かおうとした。瞬発的に彼女が僕の腕を掴む。
おやめなさい。たい焼き、もう1個買ってあげるから。
も、もう子どもじゃないぞ。
ハイ、ハイ。
声が聞こえる
幼馴染が、クラスの子たちと上手くいってないという噂を聞いた時。
大丈夫?
大丈夫、大丈夫。
家族の話を最近しなくなった時。
大丈夫?
大丈夫、大丈夫。
いつも通り、笑顔で答える。
『大丈夫』。幼馴染の口ぐせ。
でも長い付き合いだからさ、声の調子で、心の声が聞こえるんだよ。本当は大丈夫じゃないって。
何もできないかもしれないけど、それでも。
話して──踏み込んで一言、そう言えない自分の弱さ。
ごめんね。
秋恋
ねぇ、花火、覚えてる?
どの花火?
西公園の。7月の。
ああ、アレね。アレがどうした?
付き合っている、とひそかに噂になっていたふたりを、面白半分でこっそりと後をつけた事がある。
あの方角だから、あそこに行くのか、いやいや、こっちの道のあの店に行くのでは、などと推理しながら、こちらも男の幼馴染とふたりで歩いた。7月末のこと。
浴衣着てるってことは、やっぱり花火か。
西公園ね。どうする。尾行はここまでにして、帰る?混むから。
うーん、せっかくだから花火、見ていこうか。
えっ?見るの?
ああ。よく考えたら、有名な花火だけど、俺、見たことない。
……そうなんだ。
あんまり乗り気じゃない?
そんなことないけど……。じゃあ行こっか。
大迫力の花火だった。日本中の花火師が勢ぞろいする、町の一大イベント。観客の混み具合も尋常ではない。尾行のターゲットのふたりのことは、とっくに見失っていた。
打ち上がるたびに、音の振動と歓声の波が、皮膚を刺激してくる。この花火を初めて見た幼馴染は、無邪気な顔で次の花火を待っている。
私はその表情を、ぼんやりした気持ちで横目で見ていた。
──ああ、アレね。アレがどうした。
あのふたり、別れたんだって。
ええっ。そうなんだ。残念だったな。
うん。それでね、うわさ、聞いたことない?
うわさ?どんな?
あの西公園の花火に行ったカップルは、必ず別れるってうわさ。
知らない。いま、初めて知った。
そっか。 そうだ。この人、昔からそういう人だった。あんまりそういうの気にしない人。
だから、あのふたり、別れたってことか?
うん。
まさか。ただの都市伝説みたいなものだろ。偶然だよ。
うん、まあそうだよね。 と、私は答えた。
っていうかさ、別れるっていうか、べつに離れてはないよな、俺たち。
えっ?
カップルとして行ったわけじゃないから。だから、別れるっていうか、離れるっていうか、そういうのもないってことになるよな。
う、うん。
それから彼は私に背を向けて少し小さくなった声で言った。
なんか、危なかったな。
えっ?どういうこと?なんて言ったの?もう一回言って。
なんでもない。トイレ行ってくる。 彼は立ち上がって部屋を出ていってしまった。
うわさを知ってて行こうとしたんじゃなかったんだ……。
少し肌寒さを感じ始めていた体が、ほんの少し温かくなった気がした。
大事にしたい
好きです
実際に口に出した時の胸のドキドキときたら……。
でも話した言葉は、一瞬の音として生まれ、すぐ消える。
だからこそ大事にしなきゃ。
ずっと。
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大学の同窓会にて。
最後に肩を組んでお決まりの校歌斉唱。
当然、歌うのはこのときだけ。普段は意識もしない歌。
ほんの少しの間だけ、昔に帰る感覚。
すぐに消え去る感覚。残らない感覚。
だからこそ大事にしたい。
時間よ止まれ
子どもの頃は野球小僧で、打つのが好きだった。でもなかなか打てなくて。そんなとき、止まった球なら打てる、時間よとまれと、何度も思ったものだった。
大人になったら、ゴルフだ。
ゴルフをやる人なら全員わかるはずだが、練習場ではナイスショットでも、コースに出るとOBばかり、ということがよくある。(女の子にいいところを見せようとするときは尚更)
時間よ止まれ!
あ、あれ?ゴルフボールは元々止まっているなあ。じゃあなんでOBばっかりなんだ?
どうやら僕のティーショットは、時間を止めるぐらいじゃ足りないらしい。
時間よ巻き戻れ!
もう一回、もう一回打ち直すから。次は真ん中に打つから。(次こそはあの子にいいところを見せたい)
こんなメンタルじゃあ、そりゃあ上達しないわけだ。