秋恋
ねぇ、花火、覚えてる?
どの花火?
西公園の。7月の。
ああ、アレね。アレがどうした?
付き合っている、とひそかに噂になっていたふたりを、面白半分でこっそりと後をつけた事がある。
あの方角だから、あそこに行くのか、いやいや、こっちの道のあの店に行くのでは、などと推理しながら、こちらも男の幼馴染とふたりで歩いた。7月末のこと。
浴衣着てるってことは、やっぱり花火か。
西公園ね。どうする。尾行はここまでにして、帰る?混むから。
うーん、せっかくだから花火、見ていこうか。
えっ?見るの?
ああ。よく考えたら、有名な花火だけど、俺、見たことない。
……そうなんだ。
あんまり乗り気じゃない?
そんなことないけど……。じゃあ行こっか。
大迫力の花火だった。日本中の花火師が勢ぞろいする、町の一大イベント。観客の混み具合も尋常ではない。尾行のターゲットのふたりのことは、とっくに見失っていた。
打ち上がるたびに、音の振動と歓声の波が、皮膚を刺激してくる。この花火を初めて見た幼馴染は、無邪気な顔で次の花火を待っている。
私はその表情を、ぼんやりした気持ちで横目で見ていた。
──ああ、アレね。アレがどうした。
あのふたり、別れたんだって。
ええっ。そうなんだ。残念だったな。
うん。それでね、うわさ、聞いたことない?
うわさ?どんな?
あの西公園の花火に行ったカップルは、必ず別れるってうわさ。
知らない。いま、初めて知った。
そっか。 そうだ。この人、昔からそういう人だった。あんまりそういうの気にしない人。
だから、あのふたり、別れたってことか?
うん。
まさか。ただの都市伝説みたいなものだろ。偶然だよ。
うん、まあそうだよね。 と、私は答えた。
っていうかさ、別れるっていうか、べつに離れてはないよな、俺たち。
えっ?
カップルとして行ったわけじゃないから。だから、別れるっていうか、離れるっていうか、そういうのもないってことになるよな。
う、うん。
それから彼は私に背を向けて少し小さくなった声で言った。
なんか、危なかったな。
えっ?どういうこと?なんて言ったの?もう一回言って。
なんでもない。トイレ行ってくる。 彼は立ち上がって部屋を出ていってしまった。
うわさを知ってて行こうとしたんじゃなかったんだ……。
少し肌寒さを感じ始めていた体が、ほんの少し温かくなった気がした。
9/21/2024, 12:09:36 PM