夜明け前
ただの思いつきでドライブにでた。金曜の夜。
2時頃、広い駐車場で少し仮眠をとろうと言ったけど、久しぶりに会った高揚感で、結局一睡もせず話し込んだ。
ドライブ再開。2時間ぐらい経つと、さすがにふたりとも疲れが出てきた。
もうすぐ夜明けだな。
そうね。ガッツや炭治郎なら、ようやく安らぎの時間ね。
そうだな。夜は戦いだからな。
よかったね、夜、戦う生活じゃなくて。
どうだろ。
なに?
休日はそうだけど。平日はどっちかって言うと、日中が戦いな気がする。
そうなの?敵がいるの?
いる。ある意味、みんな敵。会う人会う人、みんな敵。
みんな?仕事のライバルとか競合相手はわかるけど。友達とか親とか兄妹も?
敵。ある意味。
どうして。
結局、どう接しようかいつも考えてる。子どもの頃は、親にも友達に対してもそんなこと考えなかったけど。最近はいちいち、構えるようになった。気を使うようになった。それが少し嫌に思う時がある。
ふうん。大人になったってことじゃない?
そうなのか。自分じゃ気付かないものなんだな、自分が大人になったって。
ハハッと彼女が笑った。
ちなみに、わたしは?
なに?
敵なの?
ええっと……。
答えを考えてる間に、自宅に着いた。
とりあえず眠ってからでいい?眠りながら考えるから。
わたしも眠いからいいけど。っていうか、考えてから答えるって言ってる時点で、敵なんじゃないの?
ええっと……。 なんて答えようか。
敵だったけど味方になったみたいな。ベジータとかピッコロとかグリムジョーみたいな。
ヤダ。 なんで男ばっかり。
じゃあ、ニコ・ロビン。
うん、許す。
中に入った。
もう限界。寝よ。
うん。おやすみ、ニコ・ロビン。
おやすみ、トラファルガー・ロー。
本気の恋
告白する。明日。 友人が私に宣言した。
どうかな?やっぱり無理っぽいかな。
わかんないけど。そう決めたんなら……。
……応援してくれないの?
ううん、そんなことないよ。一緒に近くまで行ってあげるから。頑張って。
そして当日。
やったー、やったよー。
良かったねー。
応援してくれたおかげだよー。
彼女の満面の笑顔を見て、こちらも嬉しくなった。
と、同時に、私の気持ちは、本気の恋ではなかったのかなと思った。
あの人は今日から親友の彼氏。
彼のこと、ただの友だちとして見れるだろうか。
まだ自信が無い。
本気の恋じゃなかったはずなのに……。
カレンダー
お土産でくれた、この日めくりカレンダーなんだけど、悪いけど捨てていい?
別にいいけど。どうしたの。やっぱりめんどくさかった?
そうじゃなくて。なんだか体の調子が悪くて。
それで?
この前気づいたんだけど、一枚めくったときに、フッと力が抜けていったような感じがしたの。たぶん、1日分の魂みたいなものがカレンダーに吸い取られたんだと思う。
……いやいや、そんなことないでしょ。考えすぎ。
そうかな。絶対にそうだと思うけど。1週間くらい意識してめくってたみたら、ずっとそんな感覚あったの。絶対に吸い取られてるよ。
うーん。 さて、なんて言おうか。
ちょっとペン借りるね。 私は友人に見えないように、カレンダーを破らないようにして何枚かめくり、ある日の1枚にペンで書き込みをした。
これでよし。
ねえ、なに書いたの?
秘密。
え?どういうこと?
気になる?
そりゃそうだよ。
ヒントはね、すっごくいいこと。楽しいこと。
そうなの?見たい。
ダメ。ちゃんと毎日1枚ずつめくって。
数日後。
最近どう?体の調子。
良い。すっごく良い。
そう。何よりね。カレンダーの方は?
それがね、あの感じ、力が吸い取られる感じがなくなったの。やっぱり考え過ぎだったみたいね。
やっぱりね。
それにしても、書いてくれた楽しいことって何かな。まだ見てないんだけど。楽しみだなあ。すっごく楽しみ。
あ、ああ、そうね。はは……。
ただの考えすぎだよって書いただけなんだけど。大丈夫かな。がっかりしてもっと不調になったりしないよね……。
楽しみだなあ。本当に楽しみ。
ど、どうしよ。
喪失感
お姉ちゃんが意地悪して、僕のイチゴを取って食べた。最後に食べようとしてたショートケーキのイチゴを。僕の誕生日なのに……。
だって食べないから、嫌いなのかなって。
お姉ちゃんはからかうように言ったけど、どうでも良かった。
僕は目の前で起きた惨劇を、できるだけ落ち着いて整理しようとしていた。けど、なかなか上手くいかない。
だって、ショートケーキからイチゴを奪い取るなんて……。そんな事がこの世にあっていいのだろうか。許されるのだろうか。
それに、イチゴが無いショートケーキをショートケーキとは呼べないのではないだろうか。じゃあ僕はそれまで、何を食べていたと言うべきなのか……。
ダメでしょ、お姉ちゃんなんだから。はい。 そう言ってお母さんが自分のイチゴを僕の皿に載せた。が、
ダメだ、まだ現実を受け入れられず、言葉が出なかった。
結局、しばらくはお姉ちゃんとは口をきかなくなった。
1年経って。
僕の皿のショートケーキの上に、イチゴがひとつ転がってきた。お姉ちゃんが自分のをフォークで移したのだ。
なに、これ?
別に。誕生日だから。
じゃあ、と食べようとして去年のことを思い出した。
僕の方はすっかり忘れていたけど、お姉ちゃんは1年前の悪行をずっと覚えていたみたい。
ずっと気にしてたのかな。
可愛い弟の1部を、何処かへ無くしてしまったみたいに感じていたんだろうか。
1年間ずっと……。
なんと言っていいかわからないまま、もらったイチゴを食べた。
美味しい? お姉ちゃんが訊いてきた。
うん。
お姉ちゃんも食べればいいのに。そう思って自分のイチゴを返そうかと思ったけど、なんだか照れくさくてやめた。理由もなんて言って返すか思いつかなかったし。
だから、次のお姉ちゃんの誕生日に僕のイチゴをあげよう。お姉ちゃんとおんなじように、誕生日だからと言って。これなら自然な理由なはず。
世界にひとつだけ
土曜日、仕事が入った。すまん。
……今度こそ空いてるって言ったのに。
だから、悪かったって。来週は絶対に大丈夫だから。
この前もそう言ってた。
そっちだって……。
こんな些細な喧嘩が増えてきた。一緒に住み始めるとこういうものなのかな。
その日は、お互いふくれっ面で別々の部屋で就寝した。
朝。
よく眠れなかった。ぼんやりと昨日の口喧嘩を思い出す。
まだ怒ってるかな。どんな顔して会えばいいか……。
憂鬱だけど、朝食の支度をしないと。私はゆっくりと起き上がった。
香ばしい匂いがした。キッチンには彼が立っていた。
おはよう。
おはよう。どうしたの?
卵焼き、作った。
私は彼に促されるまま座り、出来立ての卵焼きを口にした。
どう?焼けてる?
うん。焼けてる。
そっか。よかった。
そこから沈黙が流れた。
俯いてじっと皿を見た。卵焼き。いびつな形の卵焼き。多分、初めて作ったのだろう。仲直りの為に……。
……ごめんね。昨日は言いすぎて。仕事だからしょうがないよね。
いや、俺の方こそ。
もう食べた?
なに?
自分で作った卵焼き。
いや、まだ。
食べてみて。 箸で一口切って彼に食べさせた。
味、無いな。
うん。出汁、入れてないでしょ。塩も。
?入れるの?
入れるの。
そうか。知らなかった……。ソースでもかけるか。
ううん、今日はいい。これ食べたい。
彼が初めて作ってくれた卵焼き。味は無いけど、他には絶対に無い、世界でひとつだけの卵焼き。