世界にひとつだけ
土曜日、仕事が入った。すまん。
……今度こそ空いてるって言ったのに。
だから、悪かったって。来週は絶対に大丈夫だから。
この前もそう言ってた。
そっちだって……。
こんな些細な喧嘩が増えてきた。一緒に住み始めるとこういうものなのかな。
その日は、お互いふくれっ面で別々の部屋で就寝した。
朝。
よく眠れなかった。ぼんやりと昨日の口喧嘩を思い出す。
まだ怒ってるかな。どんな顔して会えばいいか……。
憂鬱だけど、朝食の支度をしないと。私はゆっくりと起き上がった。
香ばしい匂いがした。キッチンには彼が立っていた。
おはよう。
おはよう。どうしたの?
卵焼き、作った。
私は彼に促されるまま座り、出来立ての卵焼きを口にした。
どう?焼けてる?
うん。焼けてる。
そっか。よかった。
そこから沈黙が流れた。
俯いてじっと皿を見た。卵焼き。いびつな形の卵焼き。多分、初めて作ったのだろう。仲直りの為に……。
……ごめんね。昨日は言いすぎて。仕事だからしょうがないよね。
いや、俺の方こそ。
もう食べた?
なに?
自分で作った卵焼き。
いや、まだ。
食べてみて。 箸で一口切って彼に食べさせた。
味、無いな。
うん。出汁、入れてないでしょ。塩も。
?入れるの?
入れるの。
そうか。知らなかった……。ソースでもかけるか。
ううん、今日はいい。これ食べたい。
彼が初めて作ってくれた卵焼き。味は無いけど、他には絶対に無い、世界でひとつだけの卵焼き。
9/10/2024, 1:46:17 AM