イオリ

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1/12/2024, 11:39:38 PM

ずっとこのまま
 
 気を利かせた部下が、密かに報告してきた。思いも寄らない内容だった。確かめるまで待ってくれと私は頭を下げた。

 いつもならカウンター席に並んで飲むのだが、今夜は奥の席に座った。乾杯もせずにお互い飲み始めた。

 同期だ。互いの家族も知っている。三十年の間に、衝突も何度かあった。それでもこの店で飲む習慣は、ふたりとも止めなかった。

 鞄から書類を出して彼に見せた。察しが付いていたのか、すぐに目を伏せた。それが全ての答えだった。

 上には明日言うよ、私がいうと、すまん、彼はそれだけいった。

 酒はなかなか進まなかった。グラスが空いたら、明日が近づくような気がして。

 できるならこのまま。できるなら。

 
 
 

1/11/2024, 10:55:17 PM

寒さが身にしみて

 鼻を通る空気の冷たさで目が覚めた。部屋は真っ暗。暖房も切れている。

 夜中の2時、ぐらいだろうか。軽くストレッチをして寝床を出た。
 
 廊下を歩く。裸足の皮膚に冷気が張り付く。素早く用を足したあと、皿に残った夕飯を軽くつまんだ。

 首を伸ばして窓を見た。雲が一つもない。どおりで寒いわけだ。今夜は今までになく冷える。

 来たみちをそれて、別の布団を探した。ふたつある。

 右の布団に近づく。少し匂う。これは、お酒の匂いか。やめておこう。
 左の布団に近づく。汗の匂い。けど嫌じゃない。何故か落ち着く匂い。
 小さな隙間を見つけ、そのまま頭から侵入した。向きを変え、先客に背中をくっつけた。伝わる熱を感じながら、爪を舐めた。次に手。足。お腹。おっと尻尾も忘れちゃいけない。

 やれやれ。テレビでは暖冬だと言ってたが、やっぱり冬は冬だにゃー。
 

1/10/2024, 10:54:25 PM

20歳

 息が途切れそうになる。跳ねるたびに、体中の関節が声を上げ始めた。

 長い坂だった。何回も走り込んだ馴染のコース。若い時には、すでにラストスパートをかけていた。だが、ここ数回の大会で、それが戦略ではなく若さだと気付いた。競技場に近づくにつれ、増える歓声に踊らされていた。 

 前方の背中が大きくなってきた。若い背中だ。左右に揺れが見える。

 トラック勝負にはさせない。クライマックスの歓声は、20歳の若者に火を入れる。

 スパートをかけた。最後の角の手前で並び、外からの右折で一気に追い抜く。背後の気配が遠ざかる。残り50メートルは歩いてもいい。そのつもりで飛ばした。彼の心をここで刈る。
 

 彼は間違ってはいない。そういうものなのだ。そういう走りでいい。
 

1/9/2024, 10:36:35 PM

三日月

 速度を落として、ひねくれたカーブを下りていく。途中で視界に月が入ったが、すぐに運転に意識を戻した。

 料金所を出て、左折した。信号待ちの列に加わる。知らない街だが、さして新鮮味もない風景だった。 

 家を出たときの母の表情を思い出した。違和感があった気がする。はっきりとは言えないが。そう思うと昨日の父の様子も、どこかよそよそしい様に思えてきた。だが、もし何かがあったとしても、今できることはない。
  
 青に変わった。アクセルを踏む。

 月は三日月だった。まだ全ては見えない。

1/8/2024, 10:30:46 PM

色とりどり

 いちいち数えてもいないし、気にもしていない。
 
 いや、そうじゃないな。映っている自分の弱さを知られたくなくて、あえて逸らしているだけだ。

 顔を上げろ。今度は僕の瞳の色を見せつける。

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