yuzu

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8/3/2023, 2:40:09 PM

ふと、目を覚ます。
真っ白い天井を見上げる。
窓から差してくるやわらかい朝日。
ぴん、と張った新鮮な空気がおいしい。うーんと背伸びをして状態を起こす。
「おはよう、」呟いてみるけれど隣に横たわっている彼は気持ちよさそうに目を閉じている。おそらく暫くは夢の中だろう。
全く。「明日は俺が先に起きて朝ごはん作るから期待しておいて」なんてほざいてた癖に。
はあ、とため息を着くけれどそこには怒りの感情は無かった。むしろその姿でさえ愛くるしい。
彼は寝ているだけなのに。私の感情をこんなにも揺さぶってくる。
何となく自分のスマホを触ると何故かカメラモードが作動していた。
ふと、子供の頃のように悪戯心が芽生えてくる。
1回ぐらいいいよね、寝ているあなたが悪いのだから。
私はピントを調整し、シャッターボタンを押す。
ぱしゃり、と控えめな音を立てて写真が保存される。
画面には彼の寝顔が表示される。
撮っちゃった、少し罪悪感が芽生えるけれど、愛くるしい寝顔が保存されたことに心が少しだけドキッと動かされる。絶対に内緒にしよう。彼は寝顔を取られて喜ぶような趣味は持たない。後にこの画像はおそらく私だけの宝物になるだろう。その事実が誇らしかった。
私はスマホをポケットにしまい、彼の横に寝転ぶ。
ゆっくりと息を吸い、目を閉じてみる。
これは彼の目が覚めるまでの出来事で、私だけが知っている。その事実を確かめるようにめいいっぱい息を吸い込んだ。

8/2/2023, 1:47:07 PM

目が覚めたらそこは、病室だった。
青白い蛍光灯が僕の脳を刺激する。
「やっと起きた、」
泣き晴らしたのだろう、目が赤く蚊に刺されてしまったように膨らんでいる。
ぎゅっっと骨が軋んでしまうぐらいの力で僕の左手をにぎってくる彼女は高く結んだポニーテールを揺らしながら僕の目を見つめる。
「本当に良かった、よかった、、」
安堵の声を漏らし、嗚咽する。
当の僕はなぜ病室にいるのかわからずこんなにも自分を心配してているくせにブラックコーヒーを飲んだ時のような表情を浮かべてしまう。本当に申し訳ない。
「そっか、あのね、」
困惑、と書かれた僕の顔を見ておおよそ理由を察したのだろう、彼女は続ける。
「ヒロくんは交通事故に遭ったの。信号無視のトラックとぶつかっちゃった。一時期は危なかったんだよ」
そうか。僕は不慮の事故で意識を、、
「よかった、戻ってきてくれて」
また涙ぐむ彼女はポニーテールがよく似合っていて、目が二重でくりくりしている。かわいい。くりくりした目を見つめているとなんだか水晶みたいで、吸い込まれそうだった。吸い込まれそうになっていると一つの疑問が生まれた。




この女の子は、




一体誰なのだろう。と。


なぜ僕の名前を知っている。
ほんとうに、ほんとうに誰なのだろう。
女の子経験はゼロなはずなのに。
事故のせいで記憶が飛んでいる?
僕は頭をかきまわしてみる。
記憶はきちんと処理されている。名前も性別も出身もすべて。
今度は記憶を辿りながら僕は考えを巡らせる。回想する。
ミックスジュースみたいにかき混ぜる。
でもそのどこにも目の前の彼女は混ざっていない。含まれていない。1%も。
ではあなたは誰なのだ。

「ねえ、ヒロくん。退院したらヒロくんの大好きな苺パフェ食べに行こうよ」
くりりとした目が僕の目とぱちり。と絡み合う。
「あ、でも韓国料理もいいなー。ヒロくん辛いのも好きだもんね。」
うーん、と彼女は考え込む。
うーん、と僕も考え込む。




僕は苺パフェと辛いものがどうしようもないぐらいに
大好きであるが、誰にもその内を明かしたことはなかった。

8/1/2023, 5:16:48 PM

明日、もし晴れたら学校へ行こう。
彼女は決意する。



太陽が地平線に溶けてゆく。温度に打ち勝てずにだらだらと原型を崩してゆくバニラアイスのように。
溶けてゆく太陽と入れ替わりに街の街灯が目を覚ます。
今日も1日が終わりに近づいている。

真っ白なワイシャツ。紅色のリボン。チェック柄のスカート。ローファー。
身に纏っているそれらは彼女が女子高校生という事実を語っている。



…pm6:30


空気をめいいっぱいに吸う、おいしい。
やはり、ここで吸う空気は苦しくない。
堂山 ゆるあは自身が住むマンションのバルコニーで日が沈み始めてから沈み切るまでを観覧するのが毎日の日課だ。彼女は学校に行く日課がなくなってしまった。

いつからだろう、とゆるあは思考をめぐられせてみた。
いつから私は学校で息ができなくなったのだろう。
高校入学当初は息ができた。それなりにクラスメートとたわいない会話を交わしていたし、一緒に行動を共にしていた子だって何人かいた。
でも日を追うごとに段々とクラスメート達は濃い抹茶を飲んだ時のような顔を浮かべていった。
何が問題なのだろうか。
自分勝手な我儘を押し付けた?  違う。
彼女らの話を遮ってしまった?  違う。
誰かの彼氏を奪ったので恨まれた?   違う。
思い当たる節はない。
わからないことが怖かった。恐ろしかった。
私は仲良くしたいだけなのに。
こわい。おそろしい。
その気持ちが私を支配してたまらない。
息が詰まっていく感覚が日を追う事に重くなっていった。
1度意識してしまうと止まらなくなった。
朝、起きると自分の顔がぐしょぐしょに濡れていた。
雨の中傘を刺さずに歩いた時みたいだな、と思った。
はは、と乾いた空気に自分の声が飲まれた。
あほみたい。
馬鹿にされる為に学校に行っている自分が馬鹿馬鹿しくておかしくてたまらない。
もういかない。
いってやらない。


そう決意した日から学校を休んでいる。かれこれ2ヶ月。
私は毎日落ちてゆく溶けてゆく日を見るだけ。
わざわざ制服を纏って。
そして毎日決意する。明日、もし晴れたら学校へ行こう。と。

晴れることは決してない。
私の心は明日も明後日も明明後日もずっと。晴れることなどない。
分かっているけれど今日も日を見て誓うのだ。