特別な存在。
そんなものになれたなら、どれだけ良いか。
僕は不真面目で、君は真面目。
僕はちゃんと髪を切って黒縁の眼鏡を掛けていて、君はカラコンに染髪、ピアスまでしている。
見た目だけで言うなら、僕は真面目で、君は不真面目。
けれど、成績は見た目と真逆だ。
僕は数学で20点を取るし、君は90点を取る。
君は国語で100点を取るし、僕は30点を取る。
「賢いのに、なんでバカに見せてるの?」
いつだったか、そう訊いた時がある。
君は笑って、「そりゃあ、めちゃくちゃバカっぽい奴が賢かったら、すげーってなるでしょ? それ狙い」と語った。
「んふ、バカみたいなことするね」
「そーそー、でも全力でバカなことするのって楽しいからさ」
君は銀縁の眼鏡をあげて、ぎっしりと計算式で埋められたノートをめくりながら得意げに言う。
多分、そういうところが君の真面目たる理由だろう。
そして、僕のノートが空白で埋まっていることが、僕が不真面目たる理由だ。
すごくバカらしい話だけれど、その対比がすこしだけ面白い。
深夜三時。
街が寝静まるその時間、僕はひっそりと公園へ向かう。
僕は誰の存在も感じない、その時間が好きだった。
ひとりぼっちで、邪魔するものなんて何もない。
「にゃあ」
鳴き声が聞こえて、足元を見る。
可愛らしい猫が、こちらを見上げて佇んでいた。
「なんだよ、これじゃあ二人ぼっちじゃん」
「みゃあ」
猫は、同意するように僕の膝に乗り上げる。
顎を撫でてやれば、気持ちよさそうに目を閉じた。
今日はしばらくは動けそうにないようだ。
夢が醒める前に、君の手を握らせてほしい。
醒めれば二度と触れられない、子ども体温の君の手を。
じんわり、僕の胸も温まるから。
あの人を見ると、胸が高鳴るの。
彼女は頬に手を添え、にこやかに微笑んだ。
結局のところ、それは恋じゃなくて病気のはじまりを告げる鐘、動悸であったワケだけれど。
彼女は一瞬の熱に浮かされて、少しでも幸せだったのだろうか。
恋愛脳の彼女だから、どこかで違いは悟っていたと思う。
それでも気づかないふりをしたくて、「胸が高鳴る」なんて普段は言わないような言葉を吐いたのかな。
植物状態になった今も、胸の高鳴りは覚えてくれるといいな。
ひっそりと薄暗い病室で、彼女の胸に手を当てる。
どくん、どくん、どくん。
まだ、動いてるみたいだ。
「よかった」
どうせなら、心臓を取り替えっこできたら良いのにね。
僕の心臓をあげるよ、と口をついて出そうなくらい、太陽みたいに笑う君を見たいんだ。
ああ、僕じゃない誰かに向ける君の笑顔でさえ、もう恋しくなっている。