【ミッドナイト】
午前0時を回ったころ、私はひとりカクテルを喉へと流し込む。
照明はつけず、カーテンは開けてあるものの今日は星ひとつ見えない曇り空。明かりはダイニングテーブルの上にあるランタンだけ。
0時を回ればシンデレラは魔法がとけるというけれど、私はたいてい、夜中にようやく魔法がかかる。
ランタンのぼんやりとした光に照らされた、深い赤紫色のカクテル。これを一杯飲むだけで、ほんとうの私は内側のほうにひっこんでしまう。
………ステージの上。
身に纏うのは赤色の豪奢なドレス。カクテルで少し火照った頬はほんのり桃色に色づいて、音が響く高いヒールで大胆に歩みを進める。
観客の視線、スポットライトの光…この瞬間、すべては私のためにある。
美しく艶やかで、優雅に、華やかに舞う…このステージのアゲハ蝶。
誰もが私の歌に酔いしれ、演技に目を奪われる。
いつもは内気で気が弱い私だけど、ひとたびステージに立てば、そんな私はおやすみなさいの時間。ほんの少し、カクテルの力も借りてるけどね。
どんな人にも、輝かしい瞬間はあるものなのかもしれない。私がこうして輝けるときがあるように。
ステージにいるときの私は、
_____________最高のミッドナイトシンデレラ。
【安心と不安】
不安。
特に理由はないけど、不安。
いや、むしろ何もないから不安なのかもしれない。
安らぎがないから「不安」っていうんだろう。あれ?だとしたら、何もない今の僕は、現状、安らいでいるのではないだろうか?
でも僕は不安だ。
現実はとてつもなく凪いでいるのに、そのせいで心の中は今日も波が立っている。
「安心」は、心が安らぐから安心なのだ。心の外が凪いでいても、中に安らぎがなければ安心じゃない。
現実が安らいでいると心が落ち着かないのなら、心が安らぐにはどうすればいいんだ?逆に現実に波を立ててみればいいんだろうか?
今の可もなく不可もない無気力な生活から脱して、何かに挑戦でもしてみればいいのだろうか?
チャレンジは大事だって、よく言われたな。主に学生時代に。けっきょく僕は何もしなかったけど。
…今からでも、何かやってみようか。資格を取ったりボランティアに参加したり。………でも、もしそれで仕事に悪影響が出たら?自由な時間がなくなったら?
挑戦する前にも、不安は現れる。
今の僕にはどうしても、その不安に打ち勝つことができなかった。
…あぁ、もしかしたらこの不安を乗り越えて挑戦した人こそが、安心をつかみ取れるのかもしれない。
【逆光】
逆光とは主に、背後からさす光のことだ。
写真を撮るときなんかは、輪郭ははっきりするものの被写体が暗くなってシルエットに見えてしまうこともあるので、なかなか避けられるものである。
僕もさすがに写真で逆光は嫌だけど…でも、「逆光」って言葉じたいはけっこう好きだ。
だって、逆光はまぶしくないんだ。
どんなに輝かしい光でも、まぶしければ僕はどうしても不快感を感じてしまう。でも、後ろからさす光は、目には直接届かない。だから、顔をしかめず、目も細めず、ずっと光を浴びていられるんだ。
真っ正面の光と比べたら、ずいぶん楽なもんだろ?
それなのに、ちゃんと周りを明るく照らしてくれるんだ。だって、「光」なんだから。
ほら。
逆光って、近くにいてもぜんぜん苦しくないんだよ。
だから僕、逆光って好きなんだよな。
【こんな夢をみた】
「こんな夢をみた」
夏目漱石の代表作のひとつ、『夢十夜』はそんな一文から始まる。
といっても僕は、その作品を読んだことなどない。短編だし、文章も読みやすいほうだから、読んだほうがいいんだろうなと思う。
この前友人も、『夢十夜』の漫画版を読んでいた。横でちらりと見て、面白そうだなとも思った。
けれども、僕は今の今までそれを読んでいない。
けっきょく中途半端な好奇心なんてそんなものだ。少し面白そうだな、少し気になるな、というレベルの気持ちは、僕の中にいる惰性によって簡単に掻き消され、行動までに至らない。
例えばそう。さっきから空を浮遊しているハンバーガーの群れがどこへ行くのかとか、今日いつの間にか学校のグラウンドにできていた50分の1スケール東京タワーが実際何メートルなのかとか、テストの途中でいきなり足がはえたあの消しゴムはどこへ行ってしまったのかとか…そんな日常的な些細な疑問は、全て疑問で終わってしまうのである。
あと少しでいいから行動力がほしい。そうなればきっと、もっと感受性豊かでもっと積極的で意欲的な人間になれるだろう。………おや、なにか聞こえ…
ジリリリリリリ_____________ガチャン
…今日の僕は、そんな夢をみた。
頭に響く目覚まし時計の音で飛び起きた僕は、慌ててその音を止めた。
【タイムマシーン】
いろんな時代にタイムワープできる機械のことを、
「タイムマシーン」
っていう人と、
「タイムマシン」
っていう人がいるよね。
どっちも機械(machine)であることには変わりないからさ、ぶっちゃけどっちでもいいんだけど。でも、ふとした一瞬で、そういうことを思いついちゃうんだよ。
…例えばほら、今だって。
「書く習慣」のアプリを起動して、お題を更新したら画面上部に浮かぶ「タイムマシーン」の文字。俺はタイムマシンっていう派だったから、一瞬フリーズしたね。で、あそっか、タイムマシーンともいうなって、気づいたんだよ。
まあそんなどうでもいい発見はさておき、今日のお題について書き始めよう。えーっと、書き出しは、
「いろんな時代にタイムワープできる機械のことを」で、マシンとマシーンはどっちを先に書こうか…
…………………………………あれ?
_____________この流れ、さっきもやったな?