『みんながみんなでバカな話』
みんなが心を守る手段を持ってるって口を揃えて言うけど、持ってるなら傷付きそうになった時に相手に強がったり嘘を付いたり逆に傷付けようとしたりするのは何故なの?
強がれば我慢となって余計に自分が傷付く
嘘を付けば自己嫌悪
逆に相手を傷付けても自己嫌悪なんでしょ?
それが手段なの?本当は持ってないんじゃないの?
他の手段は知っててもそれの活用法を貴方は知らないんじゃないの?その手段の"名前"を知ってるだけで、使い方なんてまるで分かってない、理解なんかしてないんでしょ?
愉快で笑けてくるよ…まぁ仕方ないよな、
みんな傷付くのは怖いよ、転んで出来た傷よりも見えない傷のほうが断然痛いよ。
何故ってくらい痛いんだ、仕方ない、だって人間は生存本能で常に警戒心を持つように出来ている。
誰にでも心を開けるわけじゃない、人格を否定されると孤立して死ぬって頭のどっかで変換されてストレスで強く出る、だから理性を忘れて感情的になって生きようと必死になる。
だから余裕が無くなって嘘を付く、逆に相手を傷付けようとする、その答えを否定しようとする。
みんながみんなで必死に生きようとしてる。
それでも人が傷付くような事を平気で言ってしまう人だっている、人を傷つけるのが楽しいのか、その人は何も考えていない責任なんて無いだろう、浅はかでしかないのに言われた人は傷付いちゃう。
みんながみんなでバカだよ…考えてるこっちまでどうすればいいか分からなくなってきた、そんな私もバカなのか?いやきっとバカだ、もういい考えるのは面倒だよね。
題名『嘘つきなカラス』
ある嘘つきのカラスが、人間の童話を聞いてとてもいいなって思ったんだって。
その童話は『裸の王様』
皆さんご存知の通り、裸の王様では詐欺の服職人が「バカには見えない服」と言って王様や国民を騙すものですよね?
そのカラスはさっそく、隣の家に住むヒヨコさんで試してみることにしたんです。
ヒヨコさんは何の鳥の雛か自分で忘れてしまうほど忘れん坊な子で、よく隣人のカラスのことも忘れてしまう黄色が大好きなヒヨコさんでした。
カラスはヒヨコさんの家に行きました、ヒヨコは自分の体を黄色に塗るのに夢中でしたが、カラスが来た時いつも通りポカン?としてました。
カラスは言った「早く飛べるようになりたいんじゃないかな??」その言葉に嬉しそうにぴょんぴょんするヒヨコさん「なりたいよ!」
カラスは意味深に微笑んで続けて言う、「それじゃあ、あの崖に登ろうよ。特別な羽根をあげるからさ」
その言葉を疑う事もなく、ヒヨコさんはカラスと崖に向かう。
崖に着くとカラスはヒヨコさんのふわふわの小さな背中に触り「羽根つけてあげるよ」そうカラスは言ってヒヨコさんの背中をさする。羽根なんてつくはず無いのにヒヨコさんずっと嬉しそうに待っていた。
カラスは終わったように背中をポンとすると、ヒヨコさんは困惑したような表情を浮かべた、羽根なんてついてなかったんだから、でもカラスは言った「弱虫には見えないんだよ。」その言葉にヒヨコさんは、混乱しながらも『弱虫』という言葉に反応して少し躊躇うように崖の方に目を向けた。
カラスはヒヨコさんを急かすように続けた。「もしかして…ヒヨコさんは羽根が見えなかったのかな?笑あーあ、弱虫だったんだ?」その言葉に少し焦りが増したのかヒヨコさんは崖の方へと一歩一歩進んでいく、「そ、そんな事…」
その様子にカラスは笑みを浮かべながら、ヒヨコさんを更に煽るように続ける。
「ほら、弱虫じゃないんだろ?早くいきなよ、」
ヒヨコさんは進んでいく、あと数歩…
急にカラスは黙った、目を逸らした。
するのヒヨコさんはあと一歩の所で振り返って言った、
「怖いよ…ぼくは弱虫だから羽根なんて見えないんだ」泣きそうな声にカラスは更に声が出なくなりそうになり、ただ「帰ろう」辛うじて口パクのように言えた言葉だった。
帰り道、涙でぐしゃぐしゃのヒヨコさんは自分を責めるように続けている「ぼくは弱虫なんだ…ごめんねカラスさん、せっかくしてくれたのに…」その言葉にカラスは少しの間を置いて口を開いた「俺のことなんだって思ってるんだよ」その声は少し疲れたような何かに苦しんだような、そんな声で。
ヒヨコさんはその質問に、戸惑って言葉を紡ぐ「カラスさん…えっと…なんだっけ…ごめんね、すぐ、思い出すから…えっと、」
カラスはヒヨコさんの頭を撫でた。
「ごめんごめん、もういいから」カラスはそう言った。
その2羽の様子は"親子"のよう、そしてカラスの表情はどこか悲しみが滲んでいただが、その手つきは慣れたもので涙の跡が見えようと、どこまでも穏やかなものだった。
佐原369
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(下は読まないで良いです。心情整理的なものを下でやっていただけですので、読みたい方だけどうぞ)
事実編(心情整理)
そう2羽は親子だった。記憶障害をもつヒヨコさん、親の顔まで思い出せなくてカラスはただの隣人としか思ってないのだ。
裸の王様とい童話を知ったカラスは、ヒヨコといっしょに居ることが内心辛かった、いくら教えても忘れてしまうからだ、それで裸の王様に出てくる「バカには見えない服」という嘘を使って、ヒヨコを騙して、純粋なまま何知らないまま「終わらせてあげたい、終わらせてくれ」と願った…だけどいざとなるとそれは出来なかった。
ヒヨコが生まれた時のことを思い出したからだ。
どんなに未来が辛くても、亡くせないものだった。
なんで、あの日の希望を、守ろうと思ったものを自分で壊そうとしているのか、なぜこんなことになってしまったのか、あぁ、ただ単純に愛している。
それなのに傷付いてしまう、いや愛しているから忘れられるたびに痛くなるのだから
終わらせてあげたかった。
終わらせたかった。
けど、いざとなると子を目の前で失うかもという鈍く鋭い痛みの恐怖に勝てなかった、尽きたと思っていたのに愛情は溢れてしまった。
生まれた時の事を鮮明に思い出してしまった、ありのままで育ってほしい、幸せになってほしい、ずっと笑っていてほしい、そんな気持ちがまた押し寄せて来たんです。
弱かったのは、弱虫なのは、カラス自身でした。
親として忘れられてしまう、いくら教えてもすぐに忘れてしまう。食べ物の食べ方も時々忘れてしまうほど、ヒヨコさんの記憶障害の症状は酷い時もあった。カラスは仕方ない事であると分かっていても辛かった。不自由な体で産ませてしまった事、普通の子と同じでないこと、密かにずっとヒヨコさんに申し訳ないという気持ちと、なんで家の子なんだという酷いような複雑な気持ちでいた、でも、ヒヨコさんはある日幸せって言ったんだ。
「木漏れ日の下で寝ると気持ちよくてさ」ってヒヨコさんが嬉しそうに話してくるの、
「なんで俺にそんな話するの?親に話せばいいじゃん、」カラスはヒヨコさんが幸せと言った事に驚きながらもそれを隠し皮肉のようにヒヨコさんが親だと思い込んでる鳥を見た。
だけどヒヨコさんは「カラスさんと話すの楽しいの」小躍りしながら言ったんだ、必然とカラスの目は涙で濡れていた、何気ないそんな言葉に心が複雑に痛んだのを今でも忘れられず頭の中で飽和している。
だけどカラスは我が子を手にかけなかったことに安堵しつつ、これからの不安を考えるのです。
だってこれからも、ヒヨコはカラスを親とは思わず、他の鳥を親だって言い続けるだろう。
そして、これから出来るヒヨコに出来る友人や恋人達も、この忘れられてしまう痛みを知る。そしてそれが耐えられないと言って離れていってしまうだろう。いつかカラスが死んでしまったとき、ヒヨコはひとりぼっちになってしまうのだろうか、生きていけるのか、
そんな不安が心にしがみついている
たかがの小さな希望に何を期待しても意味がないのか、そんな事あるのか分からない、もう全部どうでもいい「ただ今だけは、純粋に全てを愛したい」それだけなのに叶わないのがカラスにとって一番辛いんだ、
泣き叫びたいと思うたびに堪える喉は痛かった。
そして、でもいつか真実を知った時に一番後悔するのは誰でしょう。
目の前にいた親を親じゃないと言い続けた重みを背負うのは誰でしょう。
他の鳥を親と言い続けて黄色に憧れ続ける、そんな姿を本当の親に見せ続けていたのは誰でしょう。
そう、ヒヨコさんですね。
ヒヨコさんは、自分がただ忘れやすいだけだと思い込んでいる、記憶障害なんて思いもしていないだろう。無意識に大事な人を傷つけてるなんて…思いもしないだろう…何も悪くなんてないのに、
もうどうすればいいかなんて、この感情の名前を教えてくれって検索したって出てこない。
もう考えたくない、純粋に愛したかった。もう純粋じゃなくても辛い愛だったとしても…どうすればいいかなんて誰も教えてくれない。
だからカラスは最終的に親でないと言った。ただの隣人だと言った、愛してないなんて言った、疲れたなんて勝手に終わらせようとした自分を悔やんで
嘘付きなカラスは、また無理矢理な嘘を付き続けることを選んだんです。どうしようもなくてもいい、無理矢理な嘘でどうにかなるなら、いくらでも嘘を吐いてやるから、誰か助けてくれ…。
題名『雨の反射光は赤や黄色や青やらと』
ある雨の日だった。旅行からの帰り道に渋滞に引っ掛かってしまい、退屈でゆっくりと時間が流れていく中、私は車の窓ガラスに雨水が伝っていく様子を見つめていた。
夜色の空を伝う透明な水、その言い方は不思議なようで不思議では無いのかもしれないけれど綺麗事のように花が咲くのを花弁が心開くなんて言う人より、よほど現実的だろう。まぁどうでもいいか
そんな哲学とも言えない事を想いながら、結露で曇った窓に指を走らせる。指が通った所から外の光が見える、信号の灯火だ。
赤や黄色や青やらと、忙しく点灯しあたりを色に染める。今日は雨だからか、車が多いからか、いつも以上に色が飛び散ったように光っていた。
それはたかが光だった。それなのにテーマパークのあちらこちらの光のような、花火に飛び散った光のような、どこかの明るい市場のような、様々な解釈ができた。また赤や黄色や青などの信号の灯火光が雨粒に集まって色を示す
たかがの水もたかがの花も、使い方や言い方が変われば不思議なんて関係無く、美しく綺麗に感じれるものなのかも知れない
信号の灯火で、思い知らさせるとは思わなかった。
また1台、車が進み自分もアクセルを踏み車を進ませた。ほんの一瞬、車の屋根にあたる雨音が少し軽くなった気がする。
『猫ちゃんとまったりしたい』
早めにコタツは出してあげよう。猫様が喜ぶからね
私は猫ちゃんとコタツで寝るのがとても好きなんだ。
テレビ適当に付けて、みかんつまんだり、何故か出されるお菓子を食べたり、まったりしてて、優しくて安心感があって、何も怖く感じないから好きでさ、これこそずっと続けばいい事だと思うよ。
夏は、ソファーの上でだらけていたら、動こうとした不意打ちにお腹に飛び乗ってくる猫ちゃん、可愛くて許しちゃう。
冬は、私の体温で暖を取るために膝の上を好んだり、執拗に毛布を独占してるところも、全部愛らしいよ。
優しさなのか好みなのか、猫ちゃんは私が長ズボンを履いてる時にしか膝に乗ってこない。爪で私が痛がるって分かってるのか、ただ単に布の上が好きなのか、真相は分からないが…とても可愛いくて愛らしいのは変わらないよ
そんな、可愛い猫ちゃんのために、今年の冬は早めにコタツを出してあげようじゃないか。
また一緒に寝ようね
『浅はかな水時の狂気の180°』
何も知らないくせに、
何も行動しようとしないくせに、
勝手に傷付いて、諦めて目を逸らす。
意味がないことだ。全部が浅はかで哀れなクズな自分だろう。
まぁ、そんな事を人に言ったら、打ち合わせでもしてたのかと思ってしまうほど揃って、「みんな同じだ」って言うんだろう?面白味が無くつまんない答えだけど、そうだよ。同じだよ、みんな自分勝手の都合だから、その時は助けたい!助けなきゃ!って手を差し伸べるけど縋られたら面倒くさがって離れていくんだろう??これこそ世間でいう「責任の無い、自分勝手の優しさ」。
私もそうだから言える、もし人が弱っていたなら手を差し伸べるだろう、だけどその人がしつこくなって縋ってきたら自分勝手の私の面倒っていう都合で離れる。
最低だ。身勝手だ。言われても仕方ない、けど傷付いてしまう、自分の身を守りたいから怒ってしまう。誰もが常に心に余裕があるわけじゃない。
余裕さえあれば笑って許せたはずだ、優しく出来たはずなんだから。
自分に必死なことを悟られたくないから笑うけど、どうすればいいか分からなくなると不自然に涙が出てしまうそんな強がりな人で社会は溢れて、自分が必死に弱いことをアピールする人間に強がりな人は虫唾が走るんだ。
「アピールですか?w」なんて言うんだろう。なんでそんな事を言うのか考えた事がある?強がりな人は周りの人間に弱さと疲れを見せるのが苦手だからだ。
だから周りの人間も疲れや弱さを見せないのが当たり前っていう壁を勝手に作って、それに反してる人間にイライラしてる。「もっと我慢しろよ、表に出すなよ」ってね。
本当に理不尽だと思うよ、だって社会では「辛い時悲しい時には泣いていいんだよ」とか優しい言葉言ってるのに、いざ泣いたら「アピールですか?」何がしたいんだよって話だよな
本気でみんなに笑ってほしいって言ってる人もいるはずだ、でも余裕のない人たちは、何も誰も知らないのに言う、その人の人生の何も知らないクセに、その人の物事の捉え方も些細な感情も分かってないクセに、あとで自己嫌悪で苛ついて更に余裕を無くしてる事に無意識なクセに。
本当はみんな気付いてるんでしょ?
私はそんな事を考えるよりも、昼時に窓から差し込むお日様のぽかぽかに包まれながら、床に寝そべったまま猫を愛でて微笑んでいたい。
小さな幸せに、気付くのが遅すぎたクズな私でもそんな事を思うんだ。
遅すぎてごめんね、遅れてごめんね、
今私が想像して目の前にいた猫は、一瞬だけ今膝にいる飼い猫じゃなくて、前の飼い猫だった。
弱くてごめんね、愛していたなんて無責任に言えないけれど、思い出すってことはそうだよね。
これも自分勝手なのだろうか。罪悪感で謝るなんて…誠意が無いよな。いや自分勝手って思い込みすぎるのも良くないよな、てか自分勝手で何が悪いのか分からなくなってきたわ、みんなそうなんだからいいじゃないか、自分勝手で満たされれば余裕が出来て少し、また人に優しく出来るんだろ?その意味わかんないループ続けてればいいと思うよ。アインシュタインか誰か分かんねぇけど言ってたじゃん、「何もない日常でまた新しく何かを求め続けるのは狂気だ」みたいなのさ、頭の良い人って気付くのが早くていいよな。まさにそれで笑うわ。アインシュタインが生きてる、そんな昔から世界って狂ってたんだね面白いわ、やっぱ…
みんな自分勝手だよな〜、いちいち一人一人の幸せかそれか他の何かのために、他人に不幸の時間や幸せになる一歩手前の努力の時間をずっとさせ続ける事になるのに…時なんて止めてたらきりがないだろうに、
まぁそれでも、他人の時間を伸ばしてでも愛する人や大切な物との幸せな時間は止めておきたいよね。私も同じ事を思うから、きっとみんな同じで大切な好きな時間は欲しいし、他の時間だってたまに欲しくなるよね。こう考えると人間って欲張りやなぁ、人間ってそういう生き物か。少し言葉が話せて少し理性があるからって…はぁぁぁ、
まぁまぁ、色々決めつけてごめんね、結局は感じ方も捉え方も人それぞれが当たり前。一人一人が違う人間で違う人生を歩んでるんだから。
そして最初辺りに、話したネットで傷付けるとかさ、世界には批判されて喜ぶМがいるしs…って、全員ってわけじゃないよ?!そう言う人もいるって話で!!てかМにも普通に誹謗中傷はしちゃダメだからね?!!ちゃんと同意とかを得て、それから…
って!、あーもう!違う違う!話しズレた…いやもう遅いレベルでズレまくってるけど…、まぁいい、とにかく!
怖く見えがちのネットや世界でも、不幸があるなら幸せがあるわけで、最低な可能性もあるなら最高の可能性もあるんだ。それは運なのか、それとも自分の行動力なのか…それは分からないけど、可能性はあるんだよ!、どんなにゆっくりでも進んでるのは確かだから、自分自身が納得出来るように少しづつ、諦めないで前を向いて欲しいな、
時を止めるなんて勿体ない事しちゃダメだよ、だって貴方はこれから更に幸せになれるかもしれないのにそれで我慢するの??
いやいや!人間ってもっと欲張りでしょうが!
人間を捨てるな愚か者!
だからさ、周りの辛辣な事から身を守る為だけじゃなく、自分の幸せのためにお得意の自分勝手になってみてよ。
偽善者め?綺麗事?うっせーぞ!これがわしのエゴじゃ!わっははー!大丈夫!こんな綺麗事みたいな事、本気で思ってるから、前を向こうと思える希望は、何度も隠れたり見えなくなったりを繰り返してるけど、驚く程に、残酷な程に、切ない程に、面白い程に、そして希望を捨てる理由が無い程に!、可能性って沢山あるからね。
とにかく嫌なことがあったら、変に考えすぎないで、まずは、少しでも落ち着くために水でも飲みなね。