降りしきる雨の中、私は行きつけのコンビニでアイスを買っていた。
小さなコンビニカゴにはピスタチオ味のカップアイスが二つある。
(先輩、ピスタチオが好きって言ってたから…これもきっと食べたよね?)
中学校に入学したときに案内係をしていた先輩に一目惚れした私は、三年間、彼を想い続けていた。
学年が一つ上だから話しかけることなんてできなかったけど、ずっと密かに想い続けていたのだ。
先輩の好きな色や食べ物、音楽なんかの情報が入れば片っ端から真似していき、いつか話ができたときの話題にと思ったりもした。
(同じ高校に入れてよかった。)
先輩が受験した高校に無事入学できた私は、今回こそは話しかけようと心に決めていたのだ。
『明日、学校に行ったときに先輩のクラスを探そう』
そう決めてお会計を済ませ、コンビニの外に出た。
まだ振り続ける雨に軽くため息を漏らし、傘をさす。
そして一歩踏み出そうとしたとき、私の前を先輩が横切ったのだ。
(あっ……!)
今が声をかけるチャンスだ。
そう思った私は視線で先輩を追いかけた。
その時…
(え……?)
歩いていく先輩の隣に、髪の毛の長い女の人がいたのだ。
仲良さそうに笑いながら話をしていて、視線を少し下ろすと二人の手が繋がってるのが見える。
「ーーーーっ!」
考えてみればわかることだった。
私が好きになるということは、他の誰かも先輩を好きになる可能性がある。
そしてその先輩も、誰かを好きになる可能性があるのだ。
「……バカみたい。」
自分だけが好きだと思っていたことに呆れ、そう呟いた。
雨を避ける為にさしていた傘も、いつの間にか地面に落としてしまっていた。
「……お前はバカなんかじゃないよ。」
そんな声が背中側から聞こえたと同時に、私に当たっていた雨が当たらなくなった。
聞き覚えのある声に、ゆっくり振り返る。
「……もう、なんでいるのよ。」
私の背中側から傘をさしていたのは幼馴染の男の子だ。
幼稚園からずっと一緒で、高校も同じだった。
「…そのアイス、俺の分だろ?早く帰って食おーぜ。」
そう言って幼馴染は私の頭をぽんぽんっと撫でた。
(あ…私、無意識に二つ買ってたんだ…。)
先輩を想って買っていたはずのアイスだけど、気づかないうちに幼馴染と一緒に食べるつもりで買っていたようだ。
「…ふふ、バカみたい。」
「あ?なんだよ?」
「ううんっ、なんでもなーい!」
「?…変なやつ。」
上辺だけの片想いだったことに気づいた私は、バカみたいに一緒にいる幼馴染とアイスを食べたのだった。
がやがやと賑やかな話し声が聞こえてくる居酒屋の中に俺はいた。
個室と呼べるほどの空間に、男女合わせて10人が座ってる。
「ねぇねぇ、二次会行かないー?」
「お、いいね。」
「あたし、カラオケがいいー!」
楽しそうにそんな会話がされてる中、俺は一人、おずおずと手をあげた。
「俺はここで…。明日も仕事あるから…。」
今の時間は夜11時。
朝が早い仕事をしてる俺は、これ以上遅くなると起きれなくなりそうだった。
(ちょっと今回の合コンは派手な子が多くて苦手だし…。)
金色の髪色をしてる人はもちろん、赤や青なんかの髪色の人もいる。
『クリエイター関係』の専門学生らしいけど、苦手なタイプだった。
「あ、そうなんだー。」
「とりあえず1回出る?」
「お会計だけしちゃおっかー。」
明らかに棒読みな感じの言葉に、俺は軽くため息をついた。
この場は一旦お開きという形になったようで、全員で店の外に出る。
「じゃーな。」
「今日はありがとねー。」
「さっ!カラオケ行く人、寄っといでー!」
パパっと挨拶を済ませて歩き始めた俺以外のメンバーたち。
最初から相手にされていないことに気がついてはいたものの、ほんの少しだけ寂しい気もした。
(せめてあの女の子…茶髪で大人しかった子と話すればよかった…。)
5人いた女の子のうち、俺と真反対の位置に大人しく座ってた女の子がいたのだ。
大人しめの髪色に、話を振られた時にだけ受け答えしていたのを俺はずっと見ていた。
会話が弾むとしたら、あの女の子だと思ったのだ。
(まぁ、今となってはどうしようもないけど。)
そんなことを思いながらカラオケに行くメンバー達を見送ったとき、ふと俺の隣に誰かがいるような気配がした。
目線をやると、そこにあの茶髪の女の子がいたのだ。
「!?!?」
あまりにも驚いて声がでなかった俺。
彼女はカラオケに行くメンバー達に視線を送ったあと、俺をじっと見つめた。
「二人ぼっち……だね?」
「ーーーーっ!」
そう言ってにこっと優しげに笑った彼女。
この瞬間に恋に落ちたことは、言うまでもない。
夢が覚める前に、君に伝えたいことがある。
いつも見てたんだ、君のこと。
よちよち歩きのとき、お母さんに手を引かれて歩いていたよね。
一人で歩けるようになった頃から、随分たくましく見えるようになった。
学校に通うようになってからは雨の日は傘をさして、晴れの日は友達と一緒だった時もある。
好きな人に振られた日は泣きじゃくりながら歩いていたよね。
どんな君でも僕はいつも見ていたんだ。
声をかけることはできないけど、いつも見ていた。
でもそれは今日が最後なんだ。
僕は古くなったから、新しいのと交換されるんだ。
君が誰かと結婚して、よちよち歩きの子供を連れて来てくれるのを待ちたいんだけど…もう無理なんだって。
だから……これは夢なんだと思う。
君が僕を見上げてくれてる姿が見えてるんだよ。
心配そうな顔をして、僕を見上げてる。
僕は幸せだよ。最後に目が合ったんだから。
このまま夢が覚めなければいいのに、なんて思ってしまうんだ。
そんなことないのに……。
「あの信号……壊れてるのかな……」
昔、隣に住んでた女の子がいた。
赤ちゃんの頃から一緒にいたその女の子は、少し泣き虫な一面があった。
突然現れた虫に驚いて涙を溜めたり、食べようとしていたアイスクリームがぽろっと零れ落ちしまって涙を溜めたりと、何かある度に泣き顔を見せていた。
「うぅ……っ。」
「ほら、泣くなよ。」
涙を零す姿を見る度に俺はその涙を手で拭ってきた。
何かあったら俺が側にいて、何かなくても側にいて……
そうやって俺達は同じ時間を過ごしてきた。
『一緒にいるのが当たり前。』
『大人になってもずっと一緒にいる。』
そんな風に思っていた16歳の夏、彼女は驚く言葉を俺に言ったのだ。
「あのね…?その……引っ越し…するんだって…私。」
「……は?」
突然のお別れ宣言だった。
両親の仕事の都合で遠くの町に行くことになったそうだ。
「そっ……か……。」
言葉を失った俺は何も言えなかった。
今までずっと一緒にいた、半身とも呼べるくらいの女の子が遠くに行ってしまう事実が受け入れられなかったのだ。
(……いや、俺がこんなふうになるくらいならこいつは……)
今までにないくらい涙を零すんじゃないかと気付き、俺は彼女を見た。
すると彼女は俺に笑顔を向けていたのだ。
「ーーーっ。」
「あのね…?もう泣かないよ?泣かないから……大人になったら私を迎えに来て?ずっと待ってるから……」
そう言ったのだ。
いつもの彼女なら絶対に泣くと思ったのに、まさかの言葉。
俺は自分の目に涙が溜まっていくのを感じていた。
「…あぁ、必ず迎えに行く。待ってろ。」
そう伝えた5年後の今日、俺は彼女が住んでる町に向かってる。
手には3本の薔薇を持って……。
くるくる
雷音が鳴り響く、ある夕方のことだった。
部活が終わった後に忘れ物があることに気がついた俺は教室へと足を運んだ。
雷と雨のせいか、まだ明るいはずの空は暗く、何だか夜みたいに見える。
「こんな暗い学校、初めてかもな。」
そんなことを思いながら教室に足を踏み入れた時、ドォォーーン!!…と、一際大きい雷が鳴った。
その音の大きさに一瞬で驚いた時、教室の中から声が聞こえてきた。
小さい声で…女の子にの声だ。
「誰かいるのか?」
そう聞くとカタンっ…と、何かの音が聞こえたのだ。
その音のほうに視線を向けると、教室の隅に誰かがしゃがみこんでるのが見えた。
あれは…俺の幼馴染だ。
「…まだ残ってたのか?」
そう聞くと彼女は俺の存在に気がついたようで、視線を上げた。
「あ……」
「ーーーっ。なんつー顔してんだよ…。」
今にも泣き出しそうな顔をしていた彼女は、量手を耳に当て、雷の音を聞かないようにしていた。
普段、『しっかり者』として通ってるからかギャップにドキッとしてしまう。
「な…なんでもないから……」
そう強がる彼女の体はカタカタと小刻みに震えていた。
幼馴染だからこそ知ってることだけど、彼女は『怖がり』なのだ。
単なる自然現象なことでもびびりまくる。
「無理すんなって。」
俺は彼女の隣に座り、肩に手をまわした。
何かが側にあるだけでも、少しは不安が和らぐだろうと思ったのだ。
「うぅ…ごめん……」
「いいって。雷が止んだら帰ろうな。」
そう言って頭を一撫でした。
震える小さな肩に、俺とは違う体つき。
その華奢な体で我慢なんかせずに頼って欲しいと思いながら…。
(まぁ、今はまだこの距離でもいいよ。……今はまだ……ね。)