放課後になれば自分は「無敵」になると思っていた。
あの頃の僕は小学生だった。
校門から出て速攻家へ帰って、玄関からランドセルだけを放り投げる。宿題なんて二の次三の次。
友だちのところへ行ってくる。
チャリの鍵を取って外へ出た。
門限まで二時間もなかった気がした。
だから、当時の僕は無敵になるしかなかった。
自転車に跨り、ペダルを漕ぐ。
車輪が回り、回転が調子に乗ってくると、頭の中はいつもマリオカートのBGMが鳴っていた。
ててて〜、てれっててって。
今の自分はスターを取っている。
いわば無敵モード。
周りの景色が止まって見えていた。
速い、速いと自分は一段と急いでいた。
でも、大人になった今。
無敵などというものは、人生においてないのだろうと分かってきた。
あっても一瞬であり、その時は過ぎ去った、と思いたい。
あ〜あ、どこかにスターが落ちてないかな。
そんな風に地面ばかり見ているから、月や空や雲などの他のアイテムに気づかず過ごしているのかな、なんて。
カーテンがかすかに揺れて、微量ながらも風が入っているのがわかる。
起きたらもう夜。
今日は一日中眠ってしまったことになる。
これを睡眠負債と呼び、休日になるといつもそれの返済をしているような気がした。
毎日規則正しい生活を、というからそのような生活を目指しているものの、その進捗率はいまいちである。
しかし、そんなものでへこたれたらあかん!
今日起きれたという奇跡を褒め称えよう。
どうしてこんなつまらない文章なのかというと、さっき気づいたからである。あっ、書いてないや。そういうわけである。
みんなの投稿とかを見てみると、夜六時台というのは、お題保存の名目で、「とりあえず投稿」をしているやつが大半てある。
僕と同じくテイタラク。
そういうヤツほど、過去の投稿とやらを見ると、だいたい書いていない。
なんだ貴様らは。お題集めに夢中で、「書く習慣」が身についてないじゃないか!
そういうのはな、長い小説や長い文章を書こうとしてるから書けないのだ。
短くてもよい。どうせ小説なんて書けないんだから、という風に、そのプライドを捨てろ!
そんな感じで、不特定多数に向けてなんか書くのはストレス発散になる。
カーテンはいつも揺れている。
それを見るとそうだった、と思わざるを得ない。
僕はカーテンにならなければならない。
揺れる、という存在。
僕たちは何かしらの知見を得るために、このアプリをダウンロードしたはずだ。
お題集めに夢中な他人など、どうでも良い。
僕はふわりと揺れることにする。
涙の理由を明かさないでいる予定だった。
普段は強固なパスワードで保護しているが、その瞬間だけは隙を見せた。
画面スリープせずに、彼女は立った。
そのスマホを一度でいいから確認したい、見てみたいと思っていた同棲の彼。
無防備に遠ざかっていく気配、服のこすれ合う感じ。ドアの閉める音。その後に聞こえるシャワーの蛇口。ひねる。
このときしかないと、言語道断の指紋を付けた。
付き合っている人のスマホを見てはいけない。
どんなに気になっていようとも、尊大な疑心を抱いていようとも。でも、でも……。
メール、LINE、SNS。
一応ゲームアカウントもチェックした。
特に心配したことの形跡は見当たらなかった。
良かった、という意味の、ふう。
彼女のシャワーは彼の三倍の時間がかかる。
まだいじくっててもいいだろうと彼は考えた。
ネットサーフィンでもしてやろうか。
あわよくば履歴をのぞいて……と思ってアプリを開くと、直前に開いていたページが画面に浮上する。
とある人のNoteだった。
もしかして、自分で書いた文章なのか。
スクロールで内容を遡って見るが、0.5スクロールで最上部に達した。投稿タイトル、一分で終わる本文。
どうやら、嘆きのものだった。
「あなたのいた席はずいぶんと長い道程の果てにたどり着いたものだった。それがたった一度の過ちで、今では地の底へ。
いっときの感情のもとに切り捨ててあげてもいいのだが、ファンにも矜持というものがある。ハトがカラスになったとしても、鳥好きな人でありたい。」
除菌シートを一枚とり、画面を傾けた。
不躾の指紋を拭き取る時に気づいた。
すでに乾いた、いくつもの涙の雫の痕跡が。
彼女は十年ほど推していたらしい。
高校生のつらい時期を乗り越える糧にしていたらしい。
一方彼は、まだ三年くらいしか推されていない。
同棲期間はまだ三カ月。
彼女はシャワールームに留まっている。
涙の理由を可能な限り排除する予定だった。
スマホの画面をきれいに拭い取ってから、彼はこたつから立ち上がった。
ココロオドル。
カタカナで書いてあるのは、気持ち踊っている感とか、心がワクワクしている感じを感じ取った。
身体だけでなく心も踊ってしまう。そういうものを書けということか……。
すぐに思いつくのは、このアプリの「いいね数」が増えることだが。
そんなことを書いてもなあ。
と思ったので、1日中考えてみたのだが、いまいちの案である。
公園の植木の縁で、ぽけんと座っていると、数メートル隣に何者かが座ってきた。
む、何奴……みたいな感じで、横目に監視して見る。
十数分間、そんな指名手配犯を尾行するみたいなやり取りをしながら待っていると、その人のすぐ隣に誰かが座ってきた。
女性だ。
待ち合わせ? ……にしては、キョリが近めである。
年齢も若者ってわけじゃない。
年の差カップルみたいな感じである。
……あっ、男性がなにかを落とした!
颯爽と立ち去る男性。落とし物を見る女性。
ポケットにしまおうとするも、風のいたずらか、手元からするりと抜けて、僕の方へ流れていく紙切れ。
気づかない女性、立ち去る。
……これはもう、見る流れじゃないか。
この瞬間、僕の心は「ココロオドル」。
ふーん、なるほど。
三十分前にシュークリームを買ったんだなー、っていうレシートだった。
クソッ! と叩きつけ……。
いや、それは心のなかである。
公衆ゴミ捨て場に赴いて、ポイっ。
束の間の休息。
それを手に入れるために階段を下った。
うちの建物の三階は、昼間は社食スペースとして大活躍しているが、午後になると賑やかさは激減。混雑率は1%程度になる。
僕はその1%に混じりに来た。
ここに来る人は、サボりに来てるのか、あるいは食べ損なった昼食(コンビニ弁)を食べている人などだ。
社内ニートの人もいるかも知れないよねー、知らんけど。
三階に到着。
同フロアにあるコンビニに寄ることにした。
およそ230円程度のお買い物をして、のんびりな席を探す。テーブル席がいいなあ……。ソファもふっかふかがいいなあ。
目当ての席があったので、そこにしよう。
腰を下ろそうとする。
ふっかふかに身体を預ける。
温泉に入るときみたい。あー、って言っちゃう。
テーブルの上に、先ほどコンビニで買ってきた戦利品を投げ出して、目の前の大きな窓を眺める。
天井の隅から床にたどり着くまで、全部が窓ガラスだ。
その窓に映っているのは、都内某所のメインストリート。左右に迫ってくる高層ビル群に挟まれた高架橋の首都高速道路。その下には一般道路があるはずだ。見えないけど。
ちらっと、信号機の赤い色が見えた。今は停止信号で、もう少ししたら出発進行!
そんな三階からの景色をみながら、シュークリームを食べちゃうのだ!