22時17分

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7/31/2024, 9:31:48 AM


今時似つかわしくない、紙の地図をざらりと撫で、周りを見渡した。
「……ここが『澄んだ瞳』か」
日本からおよそ七万キロ。
アジア大陸の、ヨーロッパとG国の中間辺りにある、雪国と雪の降らない国の狭間となっている所。雪はいつも降るかどうか迷っているのだろうが、ここ数日は雪化粧を選んだようだ。

彼は今、頑丈な雪の重さに耐える針葉樹の稠密を抜け、崖の上から見下ろしていた。
目線を水平にして、少し目を凝らせば、遠くに見えるかもしれない。チェルノブイリという、決して消えぬ絶望を伝える、古びた剣のような嘆きを。

しかし、彼の興味は別の所を向いている。
興味のない目の加減。機敏な動き。

今は係争地にほど近い場所であり、誰も知らない場所になりつつある。
彼の後ろでドスンと雪の塊が落ちた。
気にしない。目は日常の一つを、するどく拒否した。日本だって、北海道に行けばありふれた現象だ。
でも……

崖の上と崖下。
高低差は700メートルほどあるだろう。
中心には核の成分の溶け込む、澱んだ緑青色の湖。
その輪郭を攻めるように、左右に一つずつ、彼と同じような崖が形作っている。
しかし、こちらのような高低差を作るだけの段差ではなく、反り立つ壁……いや、それ以上に反っていた。
一口サイズに切られた三角形のチーズが少し溶けたような感じである。
鋭角から先はヘアピンカーブより何倍もきつく、線路の分岐路よりも非常に、非常に曲がって地上に到達する。
鋭角15度の、三日月の先端。そのような崖。
それが鏡合わせのようになっていた。
戦争と平和のように、両者は対立していた。
その崖から雫が垂れて、雨が水たまりを作るように、対立する二つの崖の下に、先ほどの湖がある。

この碧色の湖が瞳を表し、二つの反り立つ崖が瞼を意味するらしい。

澱んでいるのは湖面3センチほどらしい。つまり皮膜であり、苔であり、マリモでもある。
表面積を覆う緑色。
そのすぐ下には、底の見えぬ美しさが隠されている。手を沈めて掬い取ろうとすれば見られるかもしれない。鮮青色の、真の湖の顔が。

しかし、『瞳』に近づくには、高濃度の硫化水素を浴びなければならない。
『澄んだ瞳』――涙を流さず、潤いは寸前で堪えている。

7/30/2024, 7:26:04 AM

嵐が来ようとも、この勝負からは逃げたくない。
分厚い雲の、月光の一切届かない夜のタイトルマッチ。
昨夜から大ぶりの雨が降りまくっていて、風もある。
風にあおられ、雨にもあおられ。
十文字に区切られた大きな窓を、がたがた怯えあがらせている。

窓を斜めに流れ落ちている雨だった水の筋は窓ガラス上で何筋も分かれ、暗い視界に消える。あれらが自分に舞い降りていた可能性の光だったように。

孤島のなかのとある別荘。
周りは荒れた海に囲まれていて、定期便は来ない。
別荘のオーナーである国分寺崇名人の貸切別荘である。
そこに、今朝死体が発見された。
海から這い出て、迷い込んだイルカが砂浜で息絶えているようだった。
海の塩気と雨の水で、青い服はますます青くなり、当然身体はずぶぬれだった。
救急車を呼ぶには遅かった。
自殺…? と断定するほど、自分たちの目は愚かではない。
背中に突き立てた包丁が、慄然と立っていて、そこに犯人の不在と潜伏を表徴とさせている。

嵐の中の孤島。
逃げ場はないはずだ。
この中にいる。
いわゆるクローズドサークルと呼ばれる、生け簀のなかで上位の代物。
めったにお目にかかれない経験、実績、名人級のノーカット。

しかし、そんなものが無くても目の前の勝負から降りたくない。
将棋盤が置かれている。
現実からの息抜きのために置かれたもの。
国分寺崇名人から勝負を持ちかけられて、今勝負中だ。
歩を動かして防御に回るか、あるいは飛車を犠牲にして王手にするか。
あるいは…、この長考は重要だ。なぜなら。
「この勝負に勝ったら、犯人がだれかヒントをあげよう。次に死ぬのは私だ」
犯人なんていうものはもうわかってる。
だからこそ、この勝負から降りれない。

7/29/2024, 7:16:46 AM

お祭りの最中のようだった。
自分を中心点として、半径数百メートルは自分の領域であると錯覚できるほど。闘争心の焼却具合である。
自分に近づく、ありとあらゆる者どもの駆逐するためのキャンプファイヤーの熱気が。
獰猛な突進をする野生のイノシシのような。
そういった熱気。温度。空気感。
それを心に感じる。
速く速く速く。
焼べなければならない。
逸る気持ちを押さえて、燃焼スピードだけを早める必要がある。

一方、辺りは静かなように思えた。
当然だろうか?
そうだ。
誰に言われたわけでもない自問自答。
意味不明な思考の暴虐。
慌てるな。
乱心具合。胡乱な目つき。
超過する集中力。溢れそうになる。
標的は一つのみである。
気を散らせる必要はない。
必要のない不要。
確認するまでもない不要。

他はどうでもよい。
その通りだ。

手首の動きを確かめる。
可動域はどうか。最大限の駆動感はどうか。
手首パーツのひねりはどうか。
それらを確かめるように、こきりと関節の音を唸らせて、精査する。

――いまだ。

彼は水音すらもなく、ポイを沈めた。
獲物である赤いヒレを透過するように、水面下ですべてを捕らえるかのように。
ポイを沈め、ひょいと持ち上げる。

7/27/2024, 1:51:47 PM

神様が舞い降りてきてこう言った。
「誰か金を恵んでくれませんか?」
「え、神なのに?」人間は逆質問をした。
「人を救おうと、天から降りてきました。しかし地上では何やらお金というもので取引をしていますね」
「え、神なのに?」
人間は今さら何、みたいな言い方をした。
「それでまずは人の生活を間近で見て眺め、問題事を見出してやりたいと思ったのです」
「え、神なのに?」
人間は神を全知全能だと思い込んでいた。
喋ってみればなんだ、丸っきり無知じゃないか。

「今まで無関心だったのです。人間を作った後、疲れてしまって。だから、贖罪の意を込めて一から学ばせてください」
「……ショクザイ?」
「はい、贖罪です」
人間は返す言葉もなかった。やがて、
「ところで、今のあなたは神なのですか?」
「精神は神ですが、この身体は人間です。だから――」

次の瞬間、銃声が一発轟いた。
神様の頭に命中し、血しぶきをだしながら絶命した。
人間はひと通り死体を確認するも、やれやれとかぶりを振った。
銃声の正体は知っていた。

「おいみんな、自称神様の死体が獲れたぞ。どうする」
後日神様は、神様の供物になった。
神の言った通り、贖罪はショクザイとなったのだ。

7/27/2024, 9:11:16 AM

誰かのためになるならば、あとで書くことにする。
今日はとても忙しい。

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