夏
夏の草原に銀河は高く歌う
胸に手を当てて風を感じる
ふと、頭の中に流れだすメロディ。
これは……そうだ、高校の合唱コンクールで歌った歌だ。
当時も理由はないけど気に入っていたフレーズ。
たまに込み上げてくる思いで立ち止まってしまいそうになる。
いったい、どうしてこんなにも……
思わず足を止めて目を瞑って考え込んだ次の瞬間。
瞼を開いた先に広がっていたのは、銀河だった。
一面に見える星々の光。
少し濡れた匂いのする草花。
草を揺らす風の音だけがする静寂。
ここは……どこだ。
という自分の考えに被さるようにして思い出す。
僕は知っている。
ここは那須高原だ。
小学5年生の時の塾の集中合宿の夜の景色だ。
そう、ぼくは2日目の夜に彼女と一緒に夜空を見に抜け出して……
彼女って誰だ。
「- -」
空から音が降りてきた。何か話しかけている、とは分かるけれどぼくはその音を声として認識することができなかった。
視線を上げる。
そこには空を埋め尽くす勢いで広がる光る円盤のようなものが。
「…ゎ…し…ぅ…に………なれた……ね…」
街
雲を抜けると、切り裂いた先から街が広がっているようだった。
ぐんぐん、ぐんぐんと街が近づいてくる。
素直に、きれいだなぁと感じる。
住み慣れた街が近づくにつれて、ああ帰ってきたんだなと実感し、聞き慣れたCMのメロディが再生される。
なんだったっけな、そうだ。あったかホームが待っている、みたいな。もう記憶は朧げだけど。
家に帰って、お母さんの作る唐揚げを食べたい。
温かいお湯に浸かって、風呂上がりに牛乳を飲むんだ。
なんて、なんて、素敵なんだろう。
ただ、心残りは……
ごめんね、みんな。空でまだ戦っている仲間たち。
先に、いくね。
やりたいこと
気がつけば時計の長針は放課後になってから2周もしていた。
18時15分まで残り30秒。
「将来の夢」
そんな題目で作文をしろと言われて、一文字も書けなかった授業時間を合わせると合計3時間も経過したが、未だ原稿用紙は生まれたままの真っ白な姿だ。
チクタク、という時計の進む音と、野球部の掛け声だけが微かに聞こえる中でぼくは半ば現実逃避をするかのようにシャープペンシルを手元でくるくると回していた。
残り15秒。
将来の夢がないわけではない。
僕にだって、毎日カラスミを食べられる生活水準を保つという立派な夢がある。
なんなら、意気揚々と自分の思い描く理想の将来について書いた。しかし、それではダメだった。
その次に書いた、部屋に隠し部屋の入り口を設けるというのも、父親のように自分の分のお小遣いは家族に秘密で確保するようにするというのも、ロボット掃除機が通ることを前提とした家を作るというのも全てダメであった。
もう、万策が尽きた。
僕に打てる手は何もない。
残り5秒。
お願いだから、どうすればいいのか答えを教えてくれ。
祈るように時計を見つめ、4、3、2、1。
0
18時15分。廊下から歓声が聞こえた。
何度も繰り返した現象に備え、睨むように時計を見つめるが秒針は何事もないかのように進んでいる。
……ふう……どうやら今回は何も書かない、が彼らがループしない条件だったらしい。何度繰り返したか分からない時間の逆行を終えられた達成感に思わず肩の力が抜ける。いや、何もしてないのだが。
しかし、それと同時に気がついてしまう。
目の前にある原稿用紙は何かで埋めなければ僕は家に帰れないということに。
朝日の温もり
扉を開けた瞬間に、目を細める。眩しい、と感じるほどの強さではなかったが、眠気眼で見るには強すぎる日の光だった。
どこか、上の空で歩きながら思う、こんな時間から何をしているのだろうと。
普段、こんな時間に出るとすれば仕事で早めに会社にいなければいけない時だから、それ以外の用事でこんな朝早くに家から出るというのは新鮮だった。だからだろうか、色々と考え込んでしまうのは。
空はいつの間にか夏の姿となっていて、思っていたよりも近くにあり、鳥の鳴き声がする。川では魚が泳いでいて、雲がゆっくりと流れていく。何でもない日常の風景を身体全身で感じ取れるのは余裕があるからこそなんだろう。
まだ少し肌寒いが、朝日の温もりは私の身体を温めてくれていた。
私は、どうして、こんなにも暖かい世界を壊さなければいけないのだろうか。