○月×日
「鍛錬」と云う言葉を使えばすぐに乗ってくると思っていた。
案の定、瞳を輝かせながら話に食いつく。
内心溜息をつきつつも、そんなことはおくびにも出さずに「鍛錬」を開始することにした。
一日目
いつも通り、陥没している。
まずは指の腹でその周りを触れるか触れないかのギリギリを攻める。
くすぐったいと何度も口にしているがそれは徹底的に無視。
そこがほんのり桃色に色付いてきたところで「鍛錬」を終える。
二日目
今日も今日とて陥没している。
指の腹で昨日よりも少し愛撫を長めに行う。
相変わらずくすぐったい、と言っていたものの、漏れる吐息に甘やかな声色が混じり出している。
奥に潜まっていた芯がじくじくと熱を帯びているようだ。
三日目
少し顔を出しているように見える。
指の腹で片方を撫でつつ、もう片方は舌先で啄く。
上げる声には艶がかかっているようだ。
じっとりと舐めてやると、どうやら下半身も疼くようで太腿をもじもじさせているのが見えた。
それには気付かないフリをして、より丹念に舌先で奥を解いていく。
私一人ではここまで辿り着くことはできなかった。
あなたの協力があってこそ、今に至っているわけだ。
ほんのり淡い桃色に色付くそこは、勇者の侵入を期待して待っていてくれる。
冒険のための下準備はしっかりと済ませた。
手始めにまずは指を一本、少しずつ少しずつ掘り進めていく。
甘い吐息が漏れるのを確認しつつ、ゆっくりと奥へ奥へ勇者は進む。
やがて最初の宝物を見つけたことを、甘やかな声が教えてくれた。
「ここ、ですね」
ニコリと微笑み、汗ばむ額に口付けを落とす。
俺たちの冒険はまだ始まったばかりだ―――
「これ、あげます」
突然降って湧いた不審者と呼ばれても仕方ない私のことを兄と慕ってくれるこの子。
照れ臭いのか視線はこちらに向けられないものの、手はしっかりとこちらに突き出していた。
「……花?」
「そうです、私の大好きな花」
ん、ん、とぐいぐい向けられた一輪の花は淡い桃色に色付いていた。
「ありがとう、とっても嬉しいよ」
心からまろびでた感謝の言葉。
誰かから常に殺意を向けられていた私にとって、それはあまりにもあたたかくて、やさしいものだった。
後に、それが彼なりの私へのプロポーズだったのだと知ることになるがまだそれは大分先のこと。
己の頬を強く捻る。
痛い、これは夢では無い。
何かにのしかかられているずっしりとした重さで目を覚ませば、眼前に猫耳を生やした白髪の男がいた。
よく見れば若干猫のヒゲのようなものも生えているような。
「お、おい……どうしたんだよ」
俺は確かにこの男の後添いである。しかし猫男と結婚した覚えはない。
「にゃぁあん」
甘ったるい、文字通りの猫なで声。胸元に頭をすりすり擦りつけてくる。
とりあえずそっとその頭を撫でてやれば、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らしているようだ。
……そもそもこの男は妖怪のような存在だし、猫になることもあり得る……のか。
この奇妙な事実を一先ず受け入れつつ、どうやってコイツを元に戻せば良いか義息子と相談だなこりゃ。
「……っあ、ちょ、おい……っ」
不意に肌蹴た胸元をザラリとした舌で舐められる。
先程までの甘えたモードから一転、この猫男はフーフーと鼻息を荒くしている。
「こ、こら……っ、だめ、っだ……」
全体重を使って無理矢理に抑え付けられているのだ。
そもそもこの男に力で叶うはずもない。
義息子と相談するのはまだまだ後になりそうだ。
観念した俺は、大きく溜息を一つ吐いてゆっくりと目を閉じた。
いつか君と見た虹は、今は滲んでぼやけている。
君は虹の橋を渡っただろうか。
隣に君がいないだけでこんなにも胸の奥が抉られるようで。
毎朝君と歩いた散歩道、君のお気に入りだった毛布。
まだ君がひょっこり顔を出してくれるような気がして。
こんなことならもっと丁寧に君と関われば良かった。
散歩の時にスマホなんて弄らないで君の嬉しそうな尻尾をよく見ておけば良かった。
構ってほしそうな君を放置することもたくさんあったね。
私にはたくさんの世界があるけれども、君には私しかいなかった。
いなくなって気付くんだ、当たり前は当たり前なんかじゃあないってことに。
ダメな飼い主で本当にごめんね。
しばらくは、世界に色がつくことは無い。