生きる次元が変わった。
私はその時、明確にそれを肌で感じたのだ。
サヨナラ。
あなたと私が交わる世界線はもう二度と来ないけれども、どうかお元気で。
どこか遠くで生きるあなたに心からの祝福を。
うふふ。
絶対に分かりゃしないんだ。
犯人探しに躍起になってる警察共を見下ろす。
私はここにいるっていうのに。
候補は?動機は?方法は?
うふふ。
絶対に分かりゃしないんだ。
しかしその刑事は粘り強かった。
次々に明らかになる候補たち。それっぽい動機も見つかってゆく。
あとは方法だけ。
そこにきて途端に詰む。
うふふ。
絶対に分かりゃしないんだ。
だって私はここにいるのに。
「なくなっていい命なんて何一つ無い」
ほざけ。反吐が出る。
「あなた、だったんですね」
「たとえ犯人が自分自身だったとしても」
「なくなっていい命なんて何一つ無い」
嗚呼、見つかってしまった。
完全犯罪、なんて中々できないものだ。
「他に方法は無かったんでしょうか」
薄っぺらい御託は結構。
「残念です」
うふふ。
鳥の囀りが聞こえる。
空は段々と白み、森たちはゆっくりと目覚める。
遠いところから陽の光が家の中へと差し込み、少年はそれで瞳を開いた。
隣の布団で眠る実父を起こさないように、ヤカンにお湯を沸かす。
今日も一日が始まる。
どうか穏やかな日になりますように、ポストにことり、手紙の届く音がした。
しん、と静まり返った畳の部屋。
どこか厳かな気持ちで座布団へと座る。
お鈴を鳴らせば、それは見えない世界との架け橋の合図。
仏壇の前で両手を合わせて合掌。
この短い間だけはもう会えなくなったあなたと心が繋がっている気がして、ほんのり勇気をもらえるのだ。
いつもありがとう、必ず伝えるあなたへの感謝はきっと伝わっている。
時を束ねたように、後から後から出るわ出るわ写真の束が。
無論、写真以外にもアルバムだったりそういう類のものは、押し入れに所狭しと押し込められていた。
「あの人、こんなにも笑う人だったのね」
一枚の写真を慈しむように眺めるあなたの横顔。
私にとってのあの人は、常に顰めっ面で口を開けば罵詈雑言を浴びせる鬼のような人だった。
「せめて私の中ではこれからもずっと笑顔でいてほしいわ」
要らない写真やアルバムを殆どゴミ袋に放り込んだけれども、そのたった一枚の写真だけは最期まで捨てられなかった。