誰にも言えない秘密はありますか?
そう訊かれてバカ正直に答えられるだろうか。
例えばそれが、幼い頃好きだった特撮ヒーローが好きな人や仲間に正体を伝えられないようなそんな秘密なら。
例えばそれが、誰かの大切なものを壊してしまったことを隠すような秘密なら。
例えばそれが、自分のためではなく大切な誰かから託されたものなら。
こたえられるだろうか。
自問自答を繰り返す。
特撮ヒーローはいつか正体がバレる。
壊してしまったものは謝れる。
託されたものだけは絶対絶対最期まで大切に護ろう。
だから、なにかあったら言ってね。
貴方が託してくれるなら私はきっとそれを受け取るから。
言葉じゃなくてもいいよ。
例えばそうだな。
梅雨の合間にたまたま晴れ間が覗いた日は、
言葉の代わりに一輪の花を持って会うのはどうかな?
秘密の逢瀬に相応しい花をお互いに持ち合おう。
誰にも言えない秘密を語り合う共犯者、いてもいいだろ?
それに
正直な話。
少し憧れていたんだ。
特撮ヒーローに出てくるヒーローの正体を知っているポジってやつに。
静かな街。
古めのアパートの2階。
玄関を開けてすぐ左側にはお風呂とトイレ。
台所は備え付けのミニキッチン。
ちょっと憧れてたロフト付き。
エアコンと洗濯機は前の住人の置き土産なんだって。
ベッドは少し悩んだけどセミダブル。収納もね、少し広め。
冷蔵庫は小さくていいかな。電子レンジは必需品!
料理苦手だからさ、買ってきたもの多くなるかもだし……
そんなふうに笑っていたあの日が懐かしい。
君とこの部屋で過ごした全部が大切な思い出。
好き嫌いが多いのはきみだった。
でもね、きみが嫌いなものは全部自分の好物だったよ。
きみも好きだって食べてたやつだったよ。
優しさだったのかな。
狭い部屋だった。
君と過ごすにはちょうどいい狭さの部屋だった。
ねぇ、いまは一人暮らしになったこの部屋は思ってるよりも広かったよ。
収納も、憧れてたロフトも、セミダブルベッドも
一人だと広くて寂しいよ。
それがどこまで続いているのか。
どこから続いているのか。
わからない
わからないけど、まぁ、続いている限りは進もう。
この道が続いた先にある未知まで行こう。
終わりなき旅が終わる先にあるものを確かめる旅に君と進みたいから。
絶対に言ってやるもんか…!
そして、絶対に絶対に絶対に言わせてなんかやらないんだから…!
物語ならきっとこれが後悔に繋がるんだろう。
言わなかった言葉や言えなかったことを後悔しながら生きていくのだろう。
でもこれは物語ではないから、私は自分の意地を通そうと思う。
どうしてこんなことになったかなんて、自分も相手もきっともう既に覚えてなんかいなくて。
ただ、私は絶対にあの人に謝罪をさせたくないし、謝罪を聞かせたくないのだ。
だから今日も私は意地を通すためにあの人を避けている。
あの人のことを思い出すとき、それはいつも困ったような顔と「ごめんね」その言葉がセットだった。
あの人は優しくて臆病な人。
そして、ズルい人。
優しいから、喧嘩が嫌いな人だった。
臆病だから、頭を下げることを厭わない人だった。
そして、謝れば許されると信じている、そんな人だった。
ねぇ、どうしてあなたが謝るの?
前に聞いたことがある。あなたは悪くないのに、と。
不思議そうに首を傾げられたっけ。
考えたこともなかった、と。
謝れば終わるから、自分は誰かが怒ってるのみるの嫌いなんだ。
そんなふうに言う相手を怒ることなんか出来なくて。
咄嗟に私はあの人の前から逃げたのだ。
謝ろうとするあの人の言葉から逃げたのだ。
そんなことを続けていても限界はある。
あの人からメッセージ。
「花を買ったんだ。君に渡したい」
添付の画像には、紫や青や黄色やオレンジの花が飾られてた。
「なら、私からは」
イエロー・パロットを贈ろう。
私はあなたの謝罪を聞きたくないし、聞かせたくもないのだから!
モスコミュールにはまだ早い。
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あとがき
あの人が送った花は、
紫のヒヤシンス
青のヒヤシンス
黄色のヒヤシンス
カンパニュラ
カリフォルニア・ポピー
https://www.ccact.org/hanakotoba/19512/
こちら参照しました。
「私」のカクテル、変えました。
「モスコミュール」のカクテル言葉は、「喧嘩をしたらその日のうちに仲直りする」
「イエロー・パロット」のカクテル言葉は、「騙されないわ」です。
カクテル変えないほうがよかったかなぁ…。
半袖が似合う季節になりましたねぇ。
傍らの相手がラムネの瓶を傾けながら道行く人を見て言う。
同じ方を見れば確かに前に見たときより半袖で歩く人が増えたように思う。
かくいう傍らの相手自身も半袖だし、自分もまたそうだ。
ほんの少し前までは半袖はまだ寒いですかねぇなんて言っていたが、まぁ、そんなもんなんだろう。
暑い暑いと手を団扇代わりにパタパタさせる姿を見るとはなしに見ていたら、何かを勘違いしたのか、こちらに飲みかけのラムネの瓶を手渡そうとする。
「飲みたいならそう言ってくださいよ」
「いや、大丈夫だ。シュワシュワが苦手なんだ」
シュワシュワ、
「あなた存外可愛らしい言葉を使うんですねぇ」
小さい頃からそう言っていたからつい口を出ただけだったが、何かがツボに入ったらしい相手は、
シュワシュワ、ふふ。シュワシュワですって
なんて笑うから。
その手のラムネを奪い取り、一気に飲む
炭酸が喉を通り過ぎる。
思わずむせってゲホッと咳を出す。
「苦手なんでしょ、無理しないでくださいよ」
「無理はしてない」
「……ふふっ、そうですか」
暑いですねぇ。
からん、と空になったラムネの瓶にビー玉が当たる音がする。
下手な話の切り替えだけど、なんだかそれが嬉しい。
相手が飲んでたラムネは今しがた自分が飲んでしまったから、
もうないのか。
申し訳ない気持ちになった。
暑さを和らげるものは何かあっただろうか。
あ、と思い出す。
少し席を外して思い出したものを持っていく。
ほら、と傍らの相手に手渡すと、また笑われた。
「これは大丈夫なんですか?」
「これはシュワシュワしないからな」
ラムネ色の冷たいアイスを二人で食べながら、笑い合う。
半袖が似合う季節になったらまた二人でこれを食べたいとそう思った。